一拍の余白

一拍の余白

 

付き合ってないけどどう見ても両想いな話 R-18


 今回の依頼は大規模な軍事演習の手伝いだった。ドランクがいくつか提示した中で一番報酬が良く、それが言いとスツルムが選んだのだが割に合わない依頼だ。雑用から仮想敵としての行動、仕事量が多い。空いた時間はあまりなくスツルムは次の演習に備えて武器の点検中であった。
「……二日ほど休んできていいぞ、あんたたち休みなしで働いているだろ」
依頼主からの言葉にすこし離れて数人と話している相棒を一瞥する。
 スツルムは疲労をあまり感じていなかった。長年の経験でまだ動ける体調ではあることはわかっている。思案して唇を開く。
「……ああ、そうさせてもらう」
「まだ演習は当分ここでやっているからこの場所に戻ってきてくれればいい」
「わかった」
軽く頷いて、踵を返す。
「おい、ドランク、いくぞ」
呼びかけるとドランクだけではなく、隣の恐らく同業者である体格のいい男も釣られたのか視線が上がる。全身を舐めるようなあまり良い目つきではないがドラフだからだろうか、この格好だからかよく向けられるものでさして気に留めることもなかった。
「え、スツルム殿、また今から演習じゃない?」
「休みだ」
そう言って歩き出すと後ろからいつもの足音が追いかけてくる。
「ホントに抜けて大丈夫なの〜?」
「雇い主が許可した」
「でも結構忙しい中でしょ〜?」
「……お前、疲れてるだろ」
不思議そうに金色の瞳が瞬いた。自覚してないのだろうか。
「あーそうかなぁ……そうかも」
「……何処行く? 飯か?」
じ、っと彼女に視線が刺さる。ドランクの腰が曲がって顔が近づいた。
「………ふたりきりになれるとこがいいな」
無造作に下ろしている手首を大きな掌が掴んだ。

 

 

 

 耳朶を舌先がかすめた。柔く歯を立てる音がする。
「……っ、おい、疲れてるんだろ」
服の隙間から入り込んだ手が直接、腰を撫でる。腿を通るベルトを外す音がした。
 街に下りて、一番最初に目についた宿だった。すこし古びた寝台がドランクの手から逃れるよう身動きするたびに微かに軋む。
「でもぉ、こういうのもご無沙汰だったし〜」
「しょっちゅう女が商売に来てたんだから、行ってくればよかっただろ、他のやつみたいに」
「えぇ〜だってスツルム殿、怒るじゃない」
「は、はあ!? なんであたしが……! 好きにすればいいだろ!」
「ホントに? スツルム殿以外とこういうことしてもいいの? いつも僕が女の子と話してるだけでヤキモチ妬いてるのにぃ〜?」
「そんなことな…んっ……!」
 塞がれた唇から水音が響いた。分厚い舌が咥内を這いまわって、彼女のものを覆い尽くす。角度を変え、下唇を食むように吸いつかれて、背筋がぞわりとした。そこを追いかけるように指先が滑り、力が抜けた体を敷布に押し倒される。折り重なる体躯が隙間なく密着して苦しい。腿にあたる硬さは熱く、もどかしさを訴えるよう擦り付けられる。
その間も続けられる口づけに次第に頭の芯が痺れ、ぼんやりとする。涙が滲み始めてようやく解放され、短い吐息が何度も唇を伝った。
口端から落ちる唾液を舌先がすくい、そのまま首筋に下りていく。
「や……先に風呂…」
「もう、待てないよぉ〜スツルム殿以外に靡かないイイ子だったでしょ〜それに頑張ったんだよ、僕。人が多くて、気疲れしちゃった……スツルム殿とも全然一緒にいられないし」
「おまえ、気を使い過ぎなんだ、あっちでもこっちでもへらへらして」
「人と人の間を取り持たないといざという時大変じゃない、一人ちょっと困った人もいるし」
開かれた胸元に掌と唇が触れた。色づいた先端を強く吸いつかれて、嬌声を飲み込むよう歯噛みする。
「スツルム殿のことも変な目で見てるんだよねぇ〜」
「……んっ、おまえが言うのか」
 下生えを撫でた指先が割れ目を開く。ゆっくりと埋め込まれていく指を締め付ける感覚にあ、と小さな声が唇を濡らした。欲情を隠そうともしない目がスツルムを真っ直ぐ射抜く。
「…………嫌?」
わかっているくせに問いかけるドランクを睨め付ける。拒むならとっくに殴っている。
「あーあ、でもホント問題発言も多いし困っちゃうよね〜揉め事なんか起こしたら依頼料だって減っちゃうのにさ〜」
広げられた腿に口づけが落ちた。増やされた指が中をかき混ぜて、路を広げていく。
「あっ、ん、そんなの、無視、すればいいだろ」
「……でもスツルム殿のこともあるんだもん、無視できないよ」
「だから、余計に…やぁ……!」
「スツルム殿だって前、僕のこと庇ってくれたんでしょ、聞いちゃった〜」
「違、…あれは別に、おまえのためじゃなくて、うあ、弱いって思われた……あ、あっ…!」
不意に指の付け根まで押し込まれて目を剥いた。びくびくと両脚が痙攣してつま先に力が入る。
「スツルム殿、イきそう? 僕もちょっともうつらいから……」
抜かれた指の代わりに熱い塊があてがわれる。息を吐く間も無く最奥まで貫かれて、体が弓形に跳ねた。強い快感に視界の色彩が白んだ。つい逃げ出そうとする腰を両手が掴んで敷布に沈める。
「ごめん、動くね」
「や、待っ、あ、あっ、うあッ…!」」
揺さぶられる度にちかちかと瞼の裏が明滅する。奥を掠めるだけで意識が飛び、甘い悲鳴が喉を焼いた。
「スツルム殿のなか、すっごく、きもちいい……」
熱っぽい声色が耳に触れた。それだけで苦しいほど快楽の波が押し寄せてくる。上手く息ができなくて、縋るように抱きつく。
「っ、ドランク……」
「ん、ごめんね、スツルム殿、ちょっと激しかったかな」
ゆっくりとした動きに変わると同時に至る所に唇が這う。痕を残すつもりでいるのはわかっていて、しかし、咎めるにも体は思い通りにならず弱々しく長い耳を掴む。
「あ、ん、…やめろ、ばか……!」
「大丈夫大丈夫あとでちゃあんと消すから〜」
「この間、消えてなかっ…んあっ!」
不意に掠めた箇所から甘い痺れが走った。
「スツルム殿、ここがイイんだっけ〜?」
腹の内側を撫でる動きに耐えていたのに気づけば頭が真っ白になって、強請るようドランクの腰に両脚を巻き付けていた。
「またイッちゃったね、可愛い……
スツルム殿、結構好きだよね気持ちイイコト。いつもなんだかんだで付き合ってくれるしぃ〜」
「あ、あ、あっ、好きじゃ……やあっ!」
「そんな顔して、こんなに僕の締め付けてるのに〜?」
思わず面を隠そうとしてあげた腕を掴まれて、敷布に両腕を結われる。突き刺さる視線は一挙一動をつぶさに観察しているようで羞恥に余計反応が顕著になる。
快楽に惚けた表情を見られている。そう思うと中を抉るそれを形がわかるほどきつく締め付けて、何度か奥を突き上げられただけでまた達してしまった。
荒い吐息を整えていると指が絡む。軽く唇が合わさってすぐに離れて、汗ばんだ額が同じ箇所にくっつけられた。
「ね、じゃあさ、僕のコトは好き〜?」
ぐ、と声を呑んだ。
瞬間、緩んだ顔を殴りたくなる。今なら簡単に振り払えるだろう。
けれど刹那、躊躇ったせいか、律動が再開されて、手のひらに力を込めるのさえ難しくなってしまった。
「……スツルム殿」
繋がった箇所をかき混ぜる激しい水音に混じるのは切羽詰まった声だった。余裕のない動きに追い詰められて、スツルムは意識を手放した。

 

 

 

 

 休日から戻って一日目、快晴である。澄み切った青空の下、硝煙の匂いがひどく浮いているような気がした。何処かで地響きがしている。別のところで演習が始まったらしい。
 手の地図に目を落とす。ふと沈黙に眉を寄せた。どうやらドランクは誰かに呼ばれたのか、いつの間にか姿を消していた。静かなはずである。
 あの後も風呂の中でも起きた後もドランクはずっと何か話していたしべたべたしたがった。鬱陶しい。果たして体が休まったか疑問であった。
 浮かぶ雑念を追い出して、今日の進路を頭にいれていれば見知らぬ足音の接近に面をあげた。視界に入る男はその身なりや所作から見て同じ傭兵だろう。名前まで大人数なので把握しきれていない。が何処かで目にした気がした。
スツルムの傍で足を止めた男は彼女を見て、にやにやと下卑た笑みを浮かべた。
胸、腿、に無遠慮な視線がちらつく。
「あんたあのへらへらしたエルーンの女なんだろ」
「……ただの同僚だ」
「ほお、その割には随分仲がいいみたいじゃねえか。
二人で消えてお楽しみだったんだろ」
答えるのも面倒だった。経験上、こういう輩に話が通じないのはよくわかっている。
「あの弱そうな男じゃ物足りないだろ。
俺の方があんなやつより満足させてやれるぜ。
なあ、どうだ今夜———」
馴れ馴れしく肩に触れる手を剥がして脚を払えば呆気なくひっくり返るその男を冷めた両眼で見下ろした。
男の筋肉質な体躯が地面に尻をついている様はひどく無様に思える。ドランクもこれくらい簡単に倒れればいいのに、上手くいった試しがない。
 股間を踏みつけるとひ、と小さく悲鳴が上がった。
なんだ大したものでもないじゃないか。
つま先で軽く蹴り上げて、舌打ちする。
「こんなもので満足すると思ってるのか、あいつの方がマシだ」
顔色を失う男を尻目に踵を返す。すこし遠くから走り寄ってくるエルーンはすぐ隣に体を寄せて、目線を合わせるように腰を折る。
「あ、スツルム殿、スツルム殿、次はあっちの方で……いったあ!ちょっとぉ、なんで今僕刺されたの!?」
「……だいたいどこをみたらこいつと仲がいいなんて……」
じわりと頬に広がる熱を振り払いたくて、何か喚いているドランクを再び剣で突き刺した。


2023年8月14日