階段を上がって二番目のお部屋になります

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セッの最中、部屋の壁が薄いことに気が付いてしまったスツルム殿の話 R-18


 熱い塊が入り込む瞬間、勝手に開こうとする唇を強く噛んだ。つられて引き攣る頬に長い指先が滑る。
「ん〜、スツルム殿痛かった……?」
「っ、…別に……」
先端がさらに奥、くちゅりと沈む粘着質な音が隣室の話し声と交じって響いた。
そんな些細なことすら隣に聞こえていないか、不安になる。安宿だから壁が薄いのだ。この島は有名な観光地らしい。旅行客が多いのか何処もいっぱいでようやく行き着いた場所だった。ここも満室寸前で当然、両隣に人の気配がある。
 わかっていたらこんなことしなかったのに。
ついさっきまで壁の薄さに気づかず触れてくる指先に抑えきれない嬌声を垂れ流していた。久しぶりだしちゃんとしないとなんて言いながらその実、スツルムの反応を散々楽しんでいた男はつま先から髪にまで口づけて長く長く愛撫に時間を費やしていた。もういいって言うほどに張り切っていたのは嫌がらせにしか思えない。
あれ、が全部聞こえていたのだろうか。
思い出すだけで身がかっと火照って、含んだままのそこが勝手に反応した。甘い痺れが腹の奥から全身に伝って瞼の裏が明滅する。
不覚にもしがみついて嬌声を必死に呑み込んだスツルムとは対照的に熱っぽいドランクの吐息が肌をかすめた。
「もうスツルム殿ったら、そんなに締めないでよ〜すぐ出ちゃうじゃない」
「……さっさと出せばいいだろ」
「素っ気ないんだからあ、久しぶりなんだし、スツルム殿だってこんなにぎゅってしてくれるんだからしたかったんだよね?」
額にくちづけてへらへら笑うドランクの機嫌の良さすら忌々しく思えてしまう。人の気も知らないで。
「……あたしは別にもうやめたって」
「……え」
固まった笑みに舌打ちした。
「……冗談だ。お前がイライラさせるから」
「も、もう、びっくりするじゃない。ここまでしてお預けはひどいよ〜」
逃げ場を狭めるように腕の中に囲い始めるので相当肝が冷えたらしい。萎びた耳が恐る恐る伺うようにスツルムに向けられる。
「…ね、動いていい?」
困る。が今更。
 嫌だと言えば退く男だ。けれど余裕のない必死な色を見てしまうとひどく抗い難くなる。
無言でスツルムが顔を背けたのが合図になったのか、ドランクが腰を揺らし始める。
奥を叩いて、壁に引っかかる。
挿出される度に喉の奥で跳ねる音を歯を強く食んで耐えた。
「…っ、…ぁ、……」
さっさと終わればいいのに今日に限ってゆるゆると奥に押し付けてきては、動きが止まり長引く予感がすぎる。
ただ腹の奥の熱をくすぐるだけの微弱な快感が蔓延していく。
それを追いかけたいのに壁を隔てて響く笑い声に身が固くなる。複数人の話し声。心臓が痛い。緊迫のせいか、無意識で強まる締め付けに余計、昂ぶって喉元から音を押し上げようとする。
ぎし、ぎしと寝台の軋みが厭に耳についた。
談笑に夢中できっと聞いてなんかいないはずだ。そうスツルムは思いたかった。思いたかったが気が散って仕方がない。早く終わって欲しい。さっさと出してしまえ。
「っ、うあ……!」
不意に突き上げられて、甲高い悲鳴が喉を焼いた。
羞恥に涙が滲む。
こんなの絶対に聞こえたに決まっている。
睨んだ先は恍惚とした表情に彩られスツルムの威嚇なんて通り過ぎていく。
「は、スツルム殿ぉ……なんだか、今日、すっごくきもちいい…」
うわ言のように名前を繰り返し、そのまま激しさを増す律動に、視界が眩んだ。這い上がる快楽に意識が混濁する。
「……や、ドランク…ッ!」
かちかちと歯が鳴る。声が我慢できない。
顔を引き寄せて唇を重ねた。一瞬、見開かれた瞳が柔らかく溶ける。
中で爆ぜるような感覚と共に眼前が白く染まった。
「〜〜〜っ」
注ぎ込まれた熱は快楽を誘い、絡み付かせた四肢が震えた。
太い両腕がスツルムに巻きついて、一分の隙間もなくすように体を寄せる。
 全て吐き出した後、ゆっくりと抜けていく感覚を引き寄せた枕に縋り付いて耐えた。荒い吐息が掴んだ布地に飲み込まれて行く。快楽の余韻が長くてくらくらする。
揺蕩う思考を割るように聞こえる隣室からの声色は変わらず、すこしだけほっとした。安堵すると急速に疲労感がのしかかる。うまく力がはいらない。このまま眠ってしまいたい。ドランクの視線から逃れるように体を捻って、スツルムはうつ伏せに敷布へ沈んだ。

 

 

 

 

 くたりと体を横たえるスツルムを金色の瞳が過ぎていく。短い呼吸はどちらのものだろうか。だが残る余韻を懸念が急速に冷ましていく。
 なんだかスツルムの様子がおかしい。
恥ずかしがり屋な彼女は普段から甘い喘ぎを抑えたがる。だが今夜はいつも以上に必死に声を呑み苦しそうに表情が歪んでいた。
 裏腹に彼女の中はいつもよりきつくて、たまらなく気持ち良かった。しかしドランクは良くともスツルムは満足していなかったのかもしれない。久々でスツルムの状態を見誤ったのだろうか。確かに最中、理性が飛んで彼女に対する意識が疎かになっていた。
 もっとゆっくり堪能するつもりだったのに最後なんて口づけられて、呆気なく吐き出してしまった。スツルムからの口づけなんてひどく珍しいことである。
 近頃、仕事が忙しく、宿に向かっても寝るだけの生活だった。荒事の多い傭兵業に刺激されて疲労感より性欲が勝りその気が起きなかったわけではないが、一蹴されることが目に見えていて、誘うほどドランクは無謀ではない。
ようやくひと段落着いて、野宿でもない室内での一泊である。
スツルムも二人きりなら許容が大分広くなる。
 距離を詰めて隣に座る。他愛のない話を一方的に、途切れた沈黙の合間に顔を寄せても彼女は避けなかった。
口づけだけで終われないことを固くなった半身を布越しに押し付けて示せば、一瞬、体がこわばってけれど、その頬を赤く染めただけだ。その後、いつもよりずっと長く触れて準備するまではよかったのに。
 まだ快楽が抜けないのか微かに震える艶めかしい背中から臀部に視線が吸い付く。腿を伝う白濁の体液にぞわりとした。
後ろから覆いかぶさって、耳朶に唇を寄せる。そこから首筋へくちづけていれば体が身じろく。
「………おい」
「ね、スツルム殿、もう一回……」
元通り張り詰めたものを擦りつければまだ薄らと水膜の張る瞳で睨まれてしまった。これはどっちだろうか。嫌、なら殴ってくる、はずだ。多分。自身の都合の良いように解釈している自覚はある。
それに不満があるならもう一度したい。挽回させてほしい。
丁寧に触れて、熱を起こすつもりだったのに入り口の柔らかな感触へ擦りつけるたびに少しずつ余裕が消えていく。挿れたい。
「っスツルム殿……」
体重を思いっきりかける。
甘い悲鳴が枕に沈んだ。
 最奥を撫でるように突きながら、達する寸前で動きを止める。何度もそれを繰り返すと吐精を誘うように吸いついてくる。
いつもなら反応が良くなるはずなのに枕を手放さずくぐもった声しか耳に届かなくて、ドランクの焦燥だけが募っていく。
「スツルム殿〜、こっち見て欲しいなあ……」
返事の代わりに枕を掴んだ指先に力が入る。あまり面白くない。そんなものに縋るならドランクの体にしがみついてくれればいいのに。
爪痕どころか血ぐらいは滲むだろうが彼女の手によって刻まれるなら本望である。
その上、修復の効かない寝具の心配が先立つ。安宿のせいでもあるが今にも中身が溢れそうになっていた。
「それ離そうね〜ボロボロになっちゃうよ、スツルム殿〜」
引っ張ると存外簡単に離してくれる。
ころりとひっくり返すと息苦しかったに違いない。真っ赤に熟れきった頬が現れる。ぞわりとした。浅い呼吸音と今にも水膜が決壊しそうな双眸がひどく淫靡に思えた。
深く深く押し込むと全身が震えて、彼女は達する。泣き声混じりの悲鳴が脳髄を溶かした。
かわいい。もっと乱れた姿を見せてほしい。あの強い眼差しが蕩けているのがドランクは特別に好きだ。
「…ん、ごめん、ごめんね、スツルム殿……」
まだ快楽に惚ける体を揺さぶると小さな手が背中に食い込んでいくのがわかる。
ドランク、と呼ぶ声がいつもよりずっと甘くて呆気なく理性を手放した。

 

 


 朝、スツルムは大変機嫌が悪かった。
すでに何度かドランクの発言は空を漂うだけ漂って消えた。世話を焼こうにも手を出せばぴしりと跳ね除けられているし、視線すら合わない。
「ここ安宿なんだけど朝のご飯はとっても美味しいんだって! 夜ご飯も奢るし、ほら、スツルム殿の好きなお店で高いとこでもいいから……ねえ、無視するのやめて欲しいな〜」
すこしでも意識を向けて欲しくて気を引くような話題を垂れ流しているが存在を認知していないかのような振る舞いでスツルムは身支度を整えドランクの横を通り過ぎる。
慌てて追いかけて部屋を出ると丁度、隣人のひとりと鉢合わせした。
スツルムからドランクへ、視線が順番に通り過ぎたかと思えば気まずそうに会釈して、階段を降りていく。
「なんか顔についてたかな〜? ねえ、スツルム殿」
横を見ればその顔は真っ赤だった。瞬間、尻に鋭い痛みが走る。
「いったあ! え!? なんで? なんで、僕刺されたの〜!?」
 彼女から答えはなく、追加で剣が突き刺さる。何度も何度も。
この後も数日、口を聞いてもらえなくなることをドランクはまだ知らない。


2023年8月14日