下僕

下僕

 

スツルム殿の小さな傷も気になるドランクの話


「はい。終わり〜もう大丈夫だよ〜」
淡い光が静まった瞬間、腕から傷口は消える。立ち上がる団員は頭を下げお礼を言うと椅子には次の患者が座った。
「ドランクごめんね、仕事終わりで疲れてるのに団員の治療まで頼んじゃって……」
「気にしないで団長さん〜このくらいぱぱっと治しちゃうよ〜」
「……追加料金はもらうぞ」
「こんなこと言ってるけど、治してあげたらって言い出したのスツルム殿なんだよぉ〜優しいよねえ」
ドランクを刺したそうに手がぴくりと動いたが流石に治療中は自重したのか睨むだけに留まる。 
 今回の戦闘では軽症者が多かったが怪我をした人数が多く手が回らなかった。一人でも治してもらえれば随分と助けになるだろう。
「ありがとう、これで終わりかな」
「あと一人かな、ね、スツルム殿!」
「……別にこれくらい問題ない」
「え、スツルム怪我してたの!?」
「ちょっと動きが変だなあって」
「さすが相棒、よく見てるね」
「スツルム殿ったら怪我しててもいつも通り動こうとするし気づくの大変なんだから……」
「当たり前だ。いつもの動きがズレると余計なミスをするだろ」
「そうだけど、気づくのが遅れて化膿とかしちゃったら大変なんだからね〜!」
ドランクはスツルムの側で屈んで掌を掴む。
指の合間小さく走った傷口が見えた。剣を握るなら確かにすこし痛むかもしれないがこのくらいの些細なもの明日には治りそうではある。その小さな傷をやけ大事そうに手を包んで治すものだからなんだか見てはいけないものを目にしてしまった気がして視線を泳がせる。
「はあい、これでホントにおしま〜い! スツルム殿、お腹空いたでしょ、ご飯食べに行こ〜よ」
「……おい、待て、お前も怪我してるだろ」
「ええ〜してないよ、見てよ、この綺麗な体! 服も破けてないし……」
言葉通りドランクには汚れすら見当たらなかった。戦い方からして後方支援が多く、今回、敵の真ん中に飛び込んでいたのはスツルムだけである。しかしスツルムもまたドランクをよく見ていると知っている。
「どこか痛めてるだろ。脱げ」
詰め寄るスツルムに襟首をドランクは掴まれて強引に服が開いていく。
「え、ちょ、ちょっとちょっとスツルム殿! ホント大丈夫だから!」
「何が大丈夫だ、お前あたしの指先が少し切れただけでうるさいだろ」
ドランクの制止よりスツルムの怪力が勝ったらしく肩が露出する。いつも着込んでいる故の貴重な肌色が見えてしまった。そのまま直接小さな手が所々確かめるよう触れる。その様子を見ているのは気まずく酷く場違いに思える。治療行為なので他意なんてあるはずがないのだがそれにしても躊躇いがなさすぎる。きっと慣れているのだ。戦場だと異性だとか細かいことを意識している間もないだろうし。
 しかしそんな二人を視界に入れている自分の方が恥ずかしくなってきた。ここにいない方がいいのではないだろうか。
外への扉に下がってふと気づく。はだけている服から覗く肩甲骨辺りが色づいて見えた。
「あ、ドランク本当に怪我してるんじゃない?」
「どこだ」
「ほらその首の下のとことか……」
そう口にして目を凝らした瞬間、肩口から服が抜けて、床に落ちる。背中一面に広がっている赤い線は引っ掻き傷のようだ。小さい傷だが無数にあって痛そうだ。
「え、なにこれドランク、猫にでも引っ掻かれた、の……?」
「そうそうネコちゃんに引っ掻かれちゃったの! そんなに痛くなかったし治すのすっかり忘れて……」
「はあ? お前ネコになんて……」
傷口を覗き込んだスツルムは不意に黙り込む。紅潮する頬から伝わるように耳の先まで真っ赤に染まっていく。食いしばる歯の音がこっちまで聞こえてきそうだった。
「っさ、さっさと治せ! このバカ!!」
「いったあ! スツルム殿、素肌はやめて、痛い痛い!!」
傷を増やしても怒りは収まらないのか、床を踏み鳴らしてスツルムは部屋から出て行ってしまった。双眸を瞬く。スツルムには想像よりもひどい怪我に思えたのかもしれない。それを放置しているドランクを腹立たしく感じたのだろうか。心配故の照れ隠し。きっとドランクがそれほど大事なのだ。苦笑しながら眺めていればドランクは治癒をかけながら服を着込んでいく。
「あれ、ドランク、傷ちょっと残ってたけどいいの」
「いいのいいの、またネコちゃんに引っ掻かれちゃうからその時に治すよ」
「好きにさせてあげるなんて甘やかしてるね〜、そんなに可愛いんだ」
「うん、ホント可愛いの。可愛いだけじゃなくて強くて意志もはっきりしててカッコいいんだよねえ〜それなのにベ……あっ早くスツルム殿追いかけなきゃ!」
足早に出ていく姿が消えてしばらくして遠くでまた悲鳴が聞こえた気がした。


2022年7月14日