twist someone’s world around
好きだと認められないスツルム殿に振り回されてるドランクの話 R-18
恋人じゃ、ないんですよね……?
ヘリヤの問いに眉を顰めて当たり前だと返したのをふと思い出した。そうだ。別にそんなんじゃない。ただの同僚、相棒としては信頼しているかもしれない。普段、へらへらしていい加減だが仕事はきっちりこなす。最初からそうだった。戦場で出会い、自分は有能だと売り込んできた来た時は胡散臭い以外の何者でもなかったが他の相手と組む気なんて微塵も起こさないくらいに腹立たしいが言葉通りだった。
だがそれとは別の話だ。長く一緒にいるからといって、好きでもない。好きでもないがその男に組み敷かれて体を許している。熱い塊が割り込んでくる感覚と共に濡れた吐息が耳朶をかすめた。痛みがあったことがとうに思い出せなくて、繰り返した行為の数を突きつけられている。
最初はいつだっただろうか。こんなことが何年も続いている。一年二年三年、随分前だった気がする。
あの日、何か特別な事があったわけでもなかった。いつも通り仕事を終えて夕食を取り宿に戻った。ドランクの長風呂に大抵、スツルムは上がってくる前に眠ってしまうことが多くて、だがその時は理由もなく起きていた。スツルムを見つけたドランクが無意味に唇を開くのはいつものことで、中身のない話に相槌を打ちながらスツルムは寝台に乗り上げた。目線をあげれば存外近く、気づかぬうちにドランクが隣にいた。一度も彼女には露わにしかなかった顔、熱を帯びた瞳が灯す色をスツルムは知らないほど初心ではなかった。しかし、今までドランクは一度もスツルムをそんな眼で見てくることはなくて、混乱が先立つ。
冷静さを欠いた頭でただドランク、とこぼす名前は塞がれた唇に消える。
口づけてきたドランクに唖然としてしまったのがまるで受け入れたように思えたに違いない。その後、嫌なら殴って止めてなんて言いながら、寝台に押し倒してきた男に拳を振りかぶらなかったのも面倒だっただけだ。拒んだ所でドランクが明日からの態度を変えるとは思わないが大事にしているものでもなく、触れられても別段不快でもなかったから受け入れた。
ドランクだってそんなつもりじゃないだろう。寝首をかかれることもなく、身近にいる相手。きっと都合がいいだけだ。
大体、いくら好きだって言われたってその価値が軽すぎる。付き合いが長いからこのエルーンの悪行も知っていた。何人とも同時に関係を持ち、それの一人と勘違いをされたスツルムは昔、よく迷惑を被った。付き纏われていたのはスツルムの方なのにドランクの周りの女達にはまるで虫の如く嫌悪されていた。物理的な実害があったわけではないが恨み言をぶつけられて気分が良いわけがない。
「え、キミと恋人?」
「ベッドの上でのリップサービスだったんだけど」
「勘違いさせちゃったかな、ごめんね」
好きって言ったじゃない。渦中の男は詰め寄る女相手に悪びれる様子もなくそう言い放っていた。
スツルムと本格的に組むようになってから問題を起こすことはなくなったが同じような場面を散々目にした彼女は色恋においてドランクを一片も信用していなかった。のにスツルム殿、と褒美をねだる犬みたいに寄ってくる男を邪険にできない。こんなにも己の意志は弱かっただろうか。
「スツルム殿、何考えてるの〜?」
咎めるように腹の奥を深く抉られる。強い刺激に留めていた声が跳ねた。
「ね、こっち見てよぉ、考えるなら僕のことだけ考えて欲しいな〜」
すこし不満気な顔が近づいてきて、唇を塞いだ。
熱い。密着する体も唇も。意識が自身から離れたのが気に入らないのか、強引に高められた快楽に思考が寸断された。咥内を弄る舌先と激しさを増す律動に限界がくる。
くたりと弛緩する体を苦しいほどに抱きしめられる。脈打つ感覚が薄い肌の下から伝わって、弾けた。
奥深く数度押し付けて、ドランクは腰を引く。
散々注ぎ込んで中を蹂躙していたものは抜けていったはずなのに腹の奥が重い。
耳元を荒い吐息が撫でていく。
「…離せ」
「……え〜、ね、もう一回しよ、スツルム殿」
肯定したつもりはなかった。むしろ双眸を歪めたつもりだ。
だが察しがいいくせにこんな時だけドランクは鈍くなる。重ねて非難する前に再び張り詰めたものが彼女の中に入り込んだ。
奥までぴったり埋め込まれ、突かれると勝手に力が抜けて、悪態は嬌声に塗り変わる。初めはこんなんじゃなかったのに、今はもうどうしてだかスツルムの体は思い通りにならなくなる。
「……すき、好きだよ、スツルム殿」
熱っぽく囁かれた言葉が耳に溶ける。何度も何度もドランクはそう言いながら欲を叩きつけてくる。
誰でも勘違いするんじゃないか。先ほどの古い記憶がちらりと頭をよぎったが縋るように抱き込まれてつい彼女はその背に腕を回してしまった。
起きた時、ドランクは隣にいなかった。身は清められている。勝手に洗われているのだ。時折、浴室で意識が戻る。その場合、気分は最悪だった。注がれたものが流れていくのを見てしまうとそれを許したことを突きつけられているようで苦々しい思いが心中に広がる。子を宿しても構わないなんて、そんなわけない。どうせ出来ないだろう。考えるのさえ労力の無駄だからだ。
のろのろと体躯を起こして、寝台から降りていれば、ドランクの姿が扉の前を占領した。
「スツルム殿、おはよう〜、朝ごはん買ってきたよ〜食べられる?」
差し出されたものは目に入らなかった。ドランクの格好から視線が動かせない。察しのいい相棒はへらりと口元を緩めて見せつけるように腕を広げた。
「あ、どうかなぁ? 昔の服、久しぶりに着てみたんだけど……懐かしいでしょ? よろず屋さんに預けてたものを整理してたら出てきたんだ〜」
「……別に、いつもと一緒だろ」
強引に視界からその姿を追い出して、ひったくるように朝食が入った袋を取る。
「ええ〜せっかく髪も束ねてみたのに〜もう少し何かないの、スツルム殿ったら〜」
距離を詰められて、不覚にもどきりとした。勝手に瞳が惹かれる。
普段よりきちんと身なりを整えた格好で、なんだか落ち着かない。
なんだこれ。苦し紛れの舌打ちが散った。不機嫌だと思われればいい。見惚れたなんて勘違いされるのは業腹だ。
「……さっさと行ってこい。おまえは仕事だろ」
「は〜い、ちゃあんと働いてきますよ〜、スツルム殿は今日はお休みでしょ、
あ、夕食は一緒に取ろうね〜こないだ美味しそうなとこ見つけたんだ、日暮れくらいに宿に集合でいいかな?」
「ああ、わかった、遅れるなよ」
ひらひらと手を振るドランクを横目で見送ってから身支度を整えてスツルムは日課の鍛錬をする。
程よく汗をかき、満足して一息ついた後、馴染みの鍛冶屋に向かうといつも鉄を打っているドラフに迎えられた。
預けていた剣を受け取って、形取られていく武器を眺める。特に予定のない日は引き取りに来たついでに見学することが多かった。今日も腰を落ち着けて甲高い音に聞き入る。赤い鉄が別のものに変化していく工程が興味深く、つい時間を忘れて滞在してしまう。
そろそろ出ようかと思ったところでふと上がった瞳とかち合う。何か言いたげに凝視されしかし、その唇が開かれることはなかった。
スツルムから一言残して踵を返した瞬間、不意に腕を掴まれる。
思わず捻りそうになるのを制して、振り返った。この鍛冶屋には一人しかいないのだから警戒する相手ではないはずだった。
「……なんだ、不具合でもあったのか」
「………いや」
すこし沈黙が続く。じっと見つめられるのはなんだか居心地が悪い。何か言いたげに動きかけた唇が閉ざされ再び開かれる。
「……そっちの、剣も研いだ方がいい」
「…ああ、じゃあ頼む」
渡したくとも腕が掴まれたままだった。見知った相手とは言え、べったりと密着する手の感触に思わず眉を寄せる。
「………すまない」
離された腕がぶらりと降りた。軽く振っても気になる違和感に指の形が残っているように思えて、一瞥したが見慣れた腕があるだけだった。
提げたもう一本の剣を預けて今度こそ、その場から辞した。外に出て降り注ぐ眩しさに目を細め、石畳の通りを歩く。
日の様子から見てまだドランクの待ち合わせまで時間がある。ふと彼らがこの島に停泊していることを思い出したスツルムは先日の依頼の報酬を受け取りにいくことにした。
「スツルム、久しぶり〜あれ、ドランクは?」
「……別にいつも一緒なわけじゃない」
団長は留守らしく、代わりに出てきた彼女は肌が浅黒く焼けていた。スツルムの視線に気づいたのか見せつけるように彼女へと腕を突き出す。
「あ、やっぱり目立つよね。
こないだみんなで海にバカンスに行ったら結構焼けちゃったんだ〜光華が有名らしくて綺麗で楽しかったなあ」
「……ああ、あそこか」
蘇る情景に固い唇をつい開いてしまった。瞳の奥に光る好奇の色に失態を悟る。
「スツルムも行ったんだ〜え、もしかしてドランクと?」
「……依頼だとかなんだとか騙されたんだ」
見え透いた嘘だと知っていてドランクの思惑に乗ったのは確かだが何となく認めるのも癪で言い訳じみた言葉が飛び出す。
「でも光華も一緒に見たんでしょ〜そんなのデートじゃん。仲良しだよね〜えっと恋人だっけ? え、実は結婚してたりする?」
面倒臭い。どいつもこいつも。
「……そんなんじゃない、ただの同僚だ」
「へえええ、ただの同僚ねえ」
揶揄しみた声色に眉間の皺が深くなる。
「ごめんごめん、でも二人ってなんかこう雰囲気というか、それが甘いっていうかあ、入れない空気?みたいな……」
睨むとようやく彼女は口を閉ざす。無言で手を出すと察したのか重みのある皮袋が置かれる。
ただ報酬を受け取りに来ただけなのにどっと疲労感がのしかかってくる気がした。
宿に戻ったころ、ちょうど夕暮れだった。太陽が隠れて一時間、まだドランクは帰ってこない。空腹を体が訴える。我慢しながら今後の依頼の確認をする。一通り終わっても扉は沈黙を保ったままで、時計を見る。夕食時はとっくに過ぎていた。遅い。不機嫌露わな表情とは裏腹に急かされるよう宿を出る。擡げる憂倶に自然と足早になった。
受けている依頼からあたりをつけてドランクが向かいそうな場所をまわる。四件目で聞き慣れた声を耳に店に入った。可愛いよ〜なんていつもの口調で笑いかける青い髪の男は華やかな格好のエルーン二人に囲まれている。
考えるより体が動いていた。近づいて見下ろすように睨め付ける。
「おい、ドランク……!」
喉から出た音は存外に低い声色だった。
夕食を一緒に取るって言ったくせに放っておいて随分と楽しそうじゃないか。
顔を上げたドランクは慌てたように立ち上がったが、引き止められて中腰になる。
近い。今にも唇が触れそうなほどだ。困ったように笑う姿を見て踵を返す。
所在がわかったのだ。別に帰ってこなくてもいい。
店を出て夜道を歩く。頼りない街灯の光を踏んでいれば聴き慣れた声が追いかけてくる。
「置いてかないでよ、スツルム殿〜〜!」
背にあたる足音が添い、隣に並んだ男からは嗅ぎ慣れない甘い香りがした。自然に顔が険しさを浮かべる。苛々する。きっと空腹のせいだ。
「ごめんね、遅くなっちゃって……聞きたいことは聞きだしたんだけど、全然離してくれなくって困ってたの〜」
宿への帰路、ぺらぺらと聞いてもいない言い訳を並べ立てるドランクに高い店でも奢らせようと思ったが夜は深く何処も店じまいしていた。今夜は常備している保存食で腹を満たすしかないだろう。
部屋に戻って風呂に入っても想定外の冷えた食事のせいだろうか。苛立ちは収まらないままだった。
さっさと眠るのがいい。しかし風呂上がりの男に阻まれる。目尻を釣り上げたが睨んだくらいではドランクが退くはずがない。殺気を向けてもへらへらしているのだ。強引に身を寄せてくる体からはスツルムと同じ香りがした。
「…ごめんね、まだ、…怒ってるよね? 帰るのも遅くなって心配かけちゃったし……」
「……別に心配なんてしてない。何処かでのたれ死んでたらあたしが困るだろ」
「うん、ごめんなさい。これからはちゃんと帰ってくるから」
スツルムの険しい表情とは対照的にドランクはやけに締まりのない口元だ。彼女の機嫌が決して良くないのを見透かしているくせに、この態度なのだから見ていても苛立ちが噴出するだけなのは分かりきっていた。話を切り上げるつもりで腰を浮かしたが、不意に抱き寄せられて、息を呑む。太い腕の中に埋まる全身がじわりと熱を帯びる。違う。ドランクが風呂上がりだから体温が移っているだけだ。暑苦しい。だが引き剥がせばいいはずなのに上手く力が入らない。手のひらが頬を撫でていく。視線が絡んだ。もうその顔に先ほどまでの笑みはない。側から見れば軽薄にも思える表情が抜けると途端スツルムは落ち着かなくなる。
「……あのね、ホントに違うからね、楽しそうに見えたかもしれないけど仕事だしそれ以上の感情はなかったよ。僕が好きなのはスツルム殿だけだから……」
どうでもいい。そう吐き捨てるつもりだったのに金色の瞳と真っ向から対峙すると言葉が詰まる。確証なくともそれを口にしてしまったらこの表情が歪む気がしてスツルムは見当のつかない苛立ちに奥歯を食む。
降りてくる口づけを避けそびれたのはそのせいだと思った。余計な感情に振り回されたせい。そのはずだ。唇を開いて滑り込んでくる舌を迎え入れているのも酸欠で思考が鈍ったからで望んだわけじゃない。
ただ咥内をかき回されているだけなのにくらくらする。舌が絡む水音が体温を上昇させて、服を掴んだ指先が強く食い込んだ。
スツルム殿。ようやく離れた唇が名前を模る。
この声色だけで何を望んでいるかわかってしまって、嫌なら嫌だといえば済むのにスツルムは言葉を噤んでされるがままに身を寝台に落とされる。
「……おい、ドランク」
返答の代わりに顔中に口づけ散らばる。せめてもの抵抗に瞳を鋭く研いで睨め付けた。しかしそれ以上の非難は深まった笑みに黙殺される。心臓がやけに痛い。
触れる手つきに勝手に反応する体が気に食わないがそれだけだった。ほんの僅かでも不快だったら殴ってやるのに丁寧にかすめていく指先は熱を呼び込むだけだ。
服が肩口から落ちる。胸元に沈む頭が動くと青い髪が肌をくすぐった。長い指が膨らみの一方に触れて柔らかな感触を何度も堪能するように弄ぶ。
「…っ、ん…………」
「はースツルム殿のおっぱい気持ちい〜ふかふか〜」
「…し、つこい、いつまで触ってる…ぁっ…」
「んん〜もうちょっと…」
先端に指先が触れる。甘くひりつく感覚に柔く唇に歯を立てた。こんなことで声を上げるのが厭でけれど徐々に抑えるのが苦しくなってくる。
荒い呼吸音が耳に残り始めてようやくドランクは愛撫をやめる。内側から溢れる感覚につい腿を擦り合わせていて、気づかれていないか様子を伺ってしまう。
けれど仰ぎ見た先にあるのはすこし困ったような顔だった。
「ねぇ、スツルム殿、お願いがあるんだけど」
舐めて、とその唇は強請るようにそう言った。
「ん、ごめんね、お酒飲んじゃったから……」
脚の間に頭を下げる。
そこ、に口づけた瞬間、びくりと先端が震えた。根元から膨らんだところまで舌を這わせると頭上に熱っぽい吐息が落ちる。
「あ、気持ちいい、スツルム殿…」
すこしずつ膨らみ始めているのを見て咥内いっぱいに含んでいると頬を押し上げる感覚に変わる。段々苦しくなって離す。息を整えながら胸を持ち上げていれば、嬉々とした悲鳴が響いた。
「ええ〜スツルム殿、おっぱいで挟んでくれるの〜嬉しい〜!」
「…うるさい、黙ってろ」
別に喜ばせたいわけじゃない。さっさと終わらせたいからだ。
挟み込んで胸の間から出ている箇所舐める。苦い。そのまま続けていれば脈動が肌を揺らした。
「すっごく、いい…けど…」
肩を押されて、顔をあげる。上気した頬でドランクは堪えるように大きく息をつく。
「…ありがと、スツルム殿、もういいよ。気持ちよくって出ちゃう」
額に口づけが落ちた。微笑を浮かべているのに獰猛さを隠しきれない目が上から下へゆっくりと降りてきてどきりとした。
「スツルム殿は…」
防ぐ間もなく片脚を持ち上げられて、開いたそこに太い指が入り込む。根元まで埋め込まれ数を増やされてもすんなりと呑み込んでいく様を見ていられず顔を背ける。
「ん、これなら大丈夫かなぁ、とろとろですっごく気持ち良さそう…」
確認するように腹の内側を何度か指が往復した。掴んだシーツが歪む。
「おっぱい弄られるのそんなに気持ちよかった? それとも僕の舐めて興奮した?」
「……うるさい」
頬に血が上る。同時に中の指をきつく咥え込むのがわかった。
「スツルム殿の体は正直だね〜」
「……べらべらしゃべってないでさっさとしろ」
「はーい、もうせっかちなんだからあ……」
入り口を一度撫でたそれに期待するよう体の奥底が疼く。
「ほらぁ、見て見て〜スツルム殿がおっきくしてくれたの、はいっちゃうよ〜」
「っ、いちいち、…あ、っ……!」
腹を押し上げる圧迫感に奥歯を食んだ。
「スツルム殿、全部入ったよ、動いていい?」
頷く代わりに首に腕を巻きつけて引き寄せると満面の笑みで視界が埋まる。ゆるゆると始まる律動に無意味だとわかっていて下唇を柔く噛む。
「…っ、あ、…ぁ…う…あっ……」
挿れられて動かれると声が勝手に唇を押し開ける。戯れに肌へ唇が触れるだけで中のものを締めつけて、痕をつけるドランクを睨むくらいしか出来ない。
「スツルム殿、可愛い……」
眉がぴくりと跳ねた。再び同じように動く唇を己のもので塞いで言葉を奪う。
すこし見開かれた金色がふわりと溶けて、嬉しそうにしているのが余計、苛立った。どうせ誰にでも言ってる。
「んん、スツルム殿から…キスしてくれるなんて…」
中のものが膨らんで下腹部を内側から押し上げる。その瞬間、ぐ、と深く突かれて、眼前が眩んだ。
「あ…、やあっ…!」
逸れる体躯ごと抱き締められる。スツルムが絶頂を迎えても胎内を抉る硬さは変わらなくて、すぐにまた快楽の波に攫われる。
腰に両脚を絡み付かせる。ぎゅうぎゅうと中を締めつけて射精を誘うが口元が緩むだけで平然としているのが腹立たしい。
「あ〜最高〜スツルム殿ぉ、それもっとして〜」
「ぁ、さっさと出せ…! さっきもう出るって言ってただろ」
「ええ〜そんなこと言ったかなぁ……あ! もう一回スツルム殿からキスしてくれたら出ちゃうかも〜」
弧を描いたままの唇が近づく。指先が彼女の口元を撫でた。軽く重ねるだけのつもりだったのに深く深く引き込まれる。
再開された動きと貪られる唇に理性が崩れる。
気がついた時には広い胸元が眼前にありドランクに枝垂れかかっていた。いつの間にか腿が胴を跨いでいる。腹の中のものは達した震えを堪能するようにぴったりと奥まで収められたままだ。
四肢の末端まで快楽が滲みていて丸めたつま先の感覚すらない。掠れた吐息が口端を濡らす。
「またイッちゃった? スツルム殿ったらずっと気持ち良さそうに腰振っちゃってぇ…そんなに中に出して欲しいの〜?」
朦朧とする彼女の頭を広い掌が何度か撫でたかと思えばそのまま腰へ臀部へ手が下りていく。
「あッ…!」
不意に下から突き上げられて、体が跳ねた。そのまま小刻みに揺らされて、しがみつくように肌へ爪立てる。
「あ、っ、や、……やあっ…! あ、あぁ……!」
「ごめんね、もうちょっとだけ頑張って、スツルム殿」
まだ痙攣しているそこを何度も穿たれるのは同時に頭の中もかき混ぜられているようで何一つ思考を構築できない。ただ与えられる快楽に嬌声を響かせ、熱を欲して締め付けを強める。
薄い腹を押し上げるよう爆ぜたそれから注がれたのを感じスツルムは意識を手放した。
朝、目覚めて、重い体に辟易とする。隣のドランクはまだ眠っている。昨日の怒りがとっくに思い出せなくなっていて、舌打ちした。
もっと強固な意志をもたなければならない。名前を呼ばれてあの目で訴えかけられるとどうも抵抗できなくなる。
唇を合わせるのも駄目だ。酩酊したかのごとく頭がふわふわする。それからいつも良いようにされている。
大体、こんなこと、もうやめればいいのだ。そんな仲でもないのに続けている方がおかしい。挙句恋人だのなんだの揶揄われる。
幸いドランクはスツルムが嫌だと言えば無理強いする男ではないだろう。
睨んでいると瞼が明かされる。ふにゃりと崩れた色が不機嫌な彼女の顔を映す。
「おはよう、スツルム殿〜」
伸びた腕が体を寄せる。
べたべたと朝っぱらから引っ付いてくるのは毎回のことだった。
そのまま顔を近づけてきたドランクを嫌そうに押し退けると僅かに瞳が見開かれ傷ついたように眉が下がる。
だがそれ以上強引に迫るわけではない。思えば拒んだのは初めてだった。まだ怒ってる?と小さい声で問われたから素っ気なく否定した。
どうして、スツルムが罪悪感を抱かなければならないのだ。
気まずさを覚えたスツルムと違ってドランクはもういつも通りの調子で話し始めていた。
「今日は依頼主さんに報告だったよね、あとは街の周りに出没する魔物の討伐かな〜」
「…ああ、そうだったな」
「あんまり強そうじゃなかったし今日は楽勝だね〜」
「……油断して怪我するなよ」
会話を終えた瞬間、擦り寄ってくるドランクから逃れるように寝台から降りる。背中に彼女を呼ぶ声が当たったが聞こえないふりをして浴室に向かった。
その日の依頼は隣町への馬車の護衛だった。往復する間、魔物に阻まれたのが一度、それ以降は安全そのものだった。報酬を受け取ってドランクと宿への帰路についている途中、剣を一本預けていたことをスツルムは思い出した。そろそろこの島を発つ。その前に取りに行かなければならないだろう。進行方向を変えたことに気づいたのかドランクが首を傾げた。
「スツルム殿、宿に戻らないの?」
「寄るとこがある。おまえ先に戻っていいぞ」
「あ、待って待って、僕もいくよ、戻ってもすることないし」
「報告書はどうなったんだ」
「そんなの夜やればいいんだから〜」
「次寝坊したら置いていくからな」
他愛のない会話を続けている間に目的の鍛冶屋に着いていた。
「狭いから外で待ってろ」
そう言い放ったスツルムは、ドランクを置いてさっさと中に入る。
最近のドランクは何か言いたげでしかし、中々口を割らない。その癖に付き纏うものだから鬱陶しい。休日まで何処へ行くにもついてこられて辟易としていたのだ。
否、普段から鬱陶しいが今まで距離を誤るようなことはなかったはずだった。
夜、構わなくなったから昼に埋め合わせてくるのだろうか。
嫌だと言えば一度目はすぐに退いた。口付けようとしていたドランクはごめんね、なんて眉を下げて、スツルムにまた余計な罪悪感を植え付けて、離れていった。
次もその次もスツルムが拒む姿勢を少しでも見せるとドランクはそれ以上踏み込んでこない。その日も何か言いたげにしていたがさっさと布団に潜り込んだスツルムにドランクは唇を開くことはなかった。
それから一切手出ししてこなくなった。
固執するほどではなかったのだろう。その程度だったのだ。別にスツルムだってしたいわけじゃない。厭ではなかったから付き合っていただけであんなこと疲れるだけだ。
スツルムが相手にしなくなったらドランクはまた昔みたいに遊び出すのだろうか。何となく不愉快な気分になったのでもう考えるのをやめた。
「剣、終わってるか?」
「ああ、そこに置いてある」
男が指差した先にある一振りを抜いて眺める。満足のいく仕上がりに腰に戻して、代金を払う、
ふと視線を向けると丁度打ち始めた赤い鉄が見える。思案は一瞬でスツルムは腰を下ろした。
ドランクが勝手についてきたのだ。放っておいてもいいだろう。
そのまましばらく眺めていたが、扉の開く音と共に聴き慣れた靴音が背に近づく。
振り返ると案の定、唇を尖らせたドランクがいた。
「スツルム殿ぉ〜まだ〜?」
「外で待ってろって言っただろ」
「だってえ、お腹空いてきちゃったんだもん。早く宿に戻ってご飯食べよ〜よ」
「おまえが勝手についてきたんだろ、先に帰れ」
前に向き直ると双眸がかち合う。なんとなくばつが悪く視線を逸らす。
「いいのか、恋人放っておいて」
「違う! ただの同僚だ……!」
「ええ〜! ただの同僚なんてひどいよ〜! 僕たちとっても仲良しじゃな〜い!」
喚き出す相棒をいつものように剣で突いた。悲鳴。煩い。
「悪い、仕事の邪魔して」
「……かまわない、賑やかでいい」
そうは言っても後ろのドランクは唇を閉ざす気がないようだ。嘆息を一つ、立ち上がる。
「……また来る」
ドランクの尻を剣で刺しながら扉の向こうに押し出して、振り返った。軽く会釈すると惑ったような唇がおもむろに開く。
「……本当にそういう関係じゃないのか」
「そう言ってるだろ」
「なら今度、酒でも飲みにいかないか、武器、使ってくれているだろう。あんたのおかげでここの評判が良くなってるんだ。礼がしたい」
一瞬、答えに窮した。しかし無料で飲める酒を断る理由もない。
「考えておく」
一言置いて外に出るとドランクの背にぶつかった。
「…何突っ立てるんだ、邪魔だ」
「もおスツルム殿があんなに刺すからでしょ〜痛くて動けなかったの、穴だらけになっちゃうよぉ」
一瞬、奇妙な間が空いてドランクはいつもの笑みで訴える。そのまま歩き出して、だが先ほどの喧騒が嘘だったかのようにドランクは途端、黙り込む。
規則正しく石畳を踏む二つの音が混じって響くだけでやけに静かだと思った。
「ね、ねえ、スツルム殿」
もうすぐ宿だというところでようやく口火を切ったドランクはしかし、そこで言葉を噤んだ。
怪訝を面にドランクを仰いだ。はくはくと上下した唇は無意味に動き、音を発さずそのまま閉じられる。
額へ力が入る。
「言いたいことがあるなら言え」
「え、いやあ、今日のご飯何かなあって」
スツルムでなくとも見破れる嘘だった。脚の長さであっという間に追いつかれるのはわかっていて置き去りにする為、眉間に刻まれた皺の数ほどドランクを刺してからスツルムは歩調を早めた。
「ねえねえ、見てみてスツルム殿〜、この島とかどう? 美味しいご飯もいっぱいあるよ」
「……なんの話だ」
髪を拭いていた手を置いて、喧しく囀り始めた相棒にスツルムは胡乱気な視線を向けた。彼女が腰を下ろす長椅子の隣にぴったり寄り添って座ったドランクは雑誌を広げる。
「最近働き詰めじゃない? ちょっとお休みとって遊びに行こうよ〜そろそろ光華の季節だし」
ドランクと行った海の青さが視界に蘇る。闇夜に開く光華は美しく悪くはなかった。
だがそれを騎空団の主にふと零したことも同時に頭を掠めた。
思い出した苦い記憶に釣られてスツルムも渋面になる。デート、そんなつもりじゃない。好きじゃない、恋人のつもりもない。誰にするでもない言い訳が頭を埋め尽くす。
「……あたしはいい」
「ええ〜行こうよ、スツルム殿〜! 光華、また一緒に見たいよねって約束したじゃない」
「考えとくって言っただけだろ。そんなに行きたいなら他のやつ誘って行ってこい」
何となくドランクと対峙していられず、寝台に乗り上げた。
「……僕、スツルム殿とだから行きたいのに」
落とされた言葉を聞こえないふりして布団に潜り込む。このまま話を続けるとスツルムの分が悪い気がした。いつの間にか口車に乗せられて頷く羽目になるのだ。返事がないことにドランクは諦めたのか彼女と同じように寝台に横たわる。
さっさと眠りたかった。目を閉じて、だが背中に密着する体温と肌をなぞる掌に妨げられる。あの日から相手にしなくなって、最近はもう手出しすらしてこなくなったはずだった。
耳元に触れる唇に耐えきれなくなって、瞼を開く。
「……おい、ドランク、やめろ」
「……ちょっとだけだから」
後ろから抱きしめられて、苦しい。切実な声色にこれくらいならなんて思ってしまって、歯噛みした。こんな考え方だから流されるのではないだろうか。
「……いい加減、離せ」
緩んだ力に息を吐く。しかし、再び肌をなぞり始める手先はただ触れるだけで済むようなものではなかった。
「…っ、ドランク……!」
「……スツルム殿、なにか、怒ってるの…?」
歪んだ瞳は不安定で今にも泣き出しそうだと思った。
「……それとも、僕のこともう嫌いになっちゃった? 他に——」
すこし早口だった。その声は震えていて、末尾が消えていく。
「……別に、そういうわけじゃ」
何だかひどく悪いことをした気分になってつい背を向ける。どうしてはっきりと言えないのだ。そんなんじゃないのだからもうこんなことやめると言えばいい。たったそれだけのことなのに。好きじゃない。好きじゃないはずだ。嘘つきで軽薄で誰にでも愛想を振りまく。人をくったような態度も気に入らない。なんでこんな男といつまでも寝てるんだ。苛立つことばかり数えているのに致命的な一言を口に出せないままでスツルムは沈黙を選ぶ。
よかった。掠れた音が静寂を破った。いつの間にかまた体は腕の中に囚われている。
「……、や、おまえ、どこ触ってっ」
「……嫌なら殴って止めてよ、スツルム殿」
「……っ」
押さえつけられているわけではない。包む程度の囲いでスツルムが逃げ出そうと思えば簡単に脱出できるだろう。それに言われた通り拳を振るえばドランクは二度、手を出してこない気がした。だが躊躇う。その間に弄られる体は体温を上げ、荒くなる吐息が喉を鳴らした。
下着の中に潜り込む指は彼女を知り尽くしていて、鋭敏な箇所に当たる度に身を震わせる。体躯からは纏っていたものが容易く取り払われていく。
腿の間をゆっくりと熱い塊が往復した。割れ目に擦れて、ぞわりとする。
何度かかすめてからぴたりと入り口へあてがわれたそれにあ、と小さく声が漏れた。広い掌が腹を撫でる。今から行われることをわかっていてスツルムは動けなかった。
「や…うあっ…!?」
そのまま一気に奥まで貫かれて、衝撃に視界が白んだ。
力の抜けた体をうつ伏せにされて、肌と肌が密着したまま中をかき混ぜられる。噛み締めたシーツに悲鳴が涙と共に沈んだ。荒い吐息だけが耳朶に響く。ドランクが不要なほど言葉を振り撒かないのがひどく落ち着かなかった。見慣れた手を掴むとゆっくりと重ねられて指が交わる。
不意に最奥を撫でていた動きが叩きつけるように変わって、当たる度、強烈な快感に意識が飛びそうになった。
「スツルム殿…好き…スツルム殿……」
耳元で囁かれて溶ける。そう言われるのは別に嫌ではないと潰されていく意識の中でぼんやりと思った。
「全然相手にしてくれないしもう捨てられちゃうのかと思った〜」
「こんなことするの僕だけだよね? 他にいないよね?」
「ねえねえやっぱりどうかな、バカンス。スツルム殿とまた光華が見たいな」
「お酒なら僕が奢るから飲みにいくなら僕と一緒に行かない……?」
ドランクが話題をあちらこちらに飛ばしているのを耳から耳に聞き流しながら相槌を適当に打つ。瞼が勝手に降りてくる。泥濘に嵌まったままのような体にドランクの腕が巻き付いて布団に重く沈む。しかし指一本まで鈍っていれば振り払う気力もなかった。
話疲れたのだろうか、不意に沈黙が訪れる。静寂に誘われた眠気に包まれて視界が狭まっていく。
スツルム殿、と呼ばれてすこしだけ瞼を明かした。
「……街の外れにさ、一軒家があって、ちょっと古いんだけど周り緑もいっぱいで静かで良いとこだと思うんだけど……その、どうかな……?」
「………何がだ」
内容の把握に失敗し意味もなく聞き返す。眠気に占領されている頭では何の話か入る隙間がなかった。
「え、っと、一緒に住まない?」
ドランクと住む。何故。家を買うから。こいつにそんな金あっただろうか。
だがたしかに拠点があれば便利かもしれない。まだまだ現役だと思っているがその内、遠出するのが辛くなる時もあるだろう。倉庫代わりにも使える。ドランクにしては気の利いた提案だ。
「…いいんじゃないか」
「え!? ほ、ホント!」
張り上げた音量に眉を顰める。少し覚醒したスツルムの眼前に喜々としたドランクがいた。よほど嬉しいのか耳が激しく揺れている。
「……スツルム殿、ずっと一緒にいようね」
特に否定する理由もなかったが黙していると誇大解釈される。反論に口を開きかけたが表情を綻ばせているドランクを見ていると何となくそんな気は失せてしまって、抱きしめようと狭まっていく囲いに身を委ねた。
2022年9月10日