花の宴

花の宴

 

ある村のお祭りに参加することになった二人の話


 依頼は森の奥の集落にいく商人の護衛という単純なものだった。移動中、確かに魔物は現れたが、スツルムとドランク二人の脅威になるほどのものではない。予定通りに到着した村は、祭りの日なのだろうか。何処か明るく華やかな雰囲気である。
「あら、いらっしゃい、あんたたち商売にきたのかい?」
「お姉さん、僕たちはその護衛だよ。今日は何かおめでたい日なのかな?」
「お姉さん、だなんてこんなおばさんつかまえてあんた上手だねえ〜今日は花祭りなんだよ、あんたたちは夫婦? 恋人?」
恰幅のいいドラフの女性はスツルムとドランクを見比べてそう言う。並んでいれば初対面の相手にはよく問われることなのでスツルムの眉根が見なくても寄ってるのがわかった。そして毎回のことだがドランクは恋人、の一言を期待した。今まで一度もスツルムの口からその言葉が出たことがないにも関わらずだ。
「違う、ただの同僚だ」
「あらあらそうなの、じゃあちょうどいいじゃない、祭り参加しなさいよ、ね、そうしなさい」
スツルムが何か口にする前に片手で彼女の腕をもう片方でドランクの腕を掴んで歩き出す。すごい怪力だった。そのまま一軒の家に放り込まれる。
「祭りの参加者連れてきたよ、可愛らしいお嬢さんにカッコいいお兄さんだ、あとは頼んだよ、あんたたち」
目を輝かせる少女たちに囲まれたスツルムが諦めたのが見て取れた。

 

 


 ドランクより随分後からスツルムは出てきた。うっすら化粧を施された顔には紅まで引かれていて、目を奪う。
 彼女が普段なら着ないだろう、裾がレースに縁取られた白いワンピースに角には祭りの名の通り花飾りが付いていた。帯びた剣がすこし物騒だがむしろその彼女らしさに面白くて口元が緩んでしまう。
「ええ! スツルム殿、可愛い〜! ね、ね、ちょっとくるって回って見たりとか……いったあ!」
好き勝手ひん剥かれて着替えさせられたのだ、褒めたのに苛々しているのか刺された。理不尽である。
「でなんの祭りなんだこれは」
「さっきその辺りの村人に聞いたけど簡単に言えばお見合いだね、これ」
「はあ!?」
「火を消して暗闇の中で歩き回ったあと一番近い人とお祭りの間、過ごすんだって〜そのあと結婚したいならお花を渡して交換して貰えたら成立だよ〜」
ドランクは胸元につけられた花を指差してそう言う。
「なんでそんな祭りに……」
「スツルム殿が同僚とか言うからでしょ〜」
ぐ、とスツルムが言葉を呑んだのがわかった。彼女と目線を合わせるように屈む。
昨夜のこともう忘れたのなんて口元を緩ませながらさらに耳元で囁くように付け加えれば脛を蹴られた。
足早に村の中心に向かう彼女の耳はうっすら赤くて、すぐさま追いついてその顔を覗き込みたくて仕方なかった。

 

 

 

 家の灯りや村の篝火が全て落とされると真っ暗であった。気配はあれど、見えるのはぼんやりとした人影で判別はかなり難しいだろう。
 しかしその中からドランクを探さなければならなかった。喧しいドランクでも煩わしいのにこの後他人と過ごすなんてさらに面倒である。ただそれだけだ。ドランクが他の女と過ごすのを想像したわけじゃない。
ぶつからないよう慎重に歩みを進めた。隣の男は違う。あっちも、後ろも違う。
 ふと唐突に現れた気配に立ち止まった。
ゆっくりとその影は近づいてくる。スツルムも一歩踏み出す。
足先が触れそうな距離。不意に腕が回されて体が密着した。
体に染み込んだよく知る抱擁と嗅ぎ慣れた香りが鼻腔に充満して、予想は確信に変わる。瞬間、辺りは光に満ちて嬉しそうに細められた金色の瞳が彼女を捕らえていた。
「当たりだね、スツルム殿〜」
そのまま顔を寄せてきたので迷わず彼女は足を踏みつけた。

 

 

 

 

 辺りにはスツルムたちと同じように身を寄せ合っている人影がいくつもあった。その中のうちの一つだと思うとどうも落ち着かないが外の者だからといって祭りの決まりに背くのも良くないだろう。そう言い訳しながら体をぴったりくっつけてくるドランクを気にしないことにする。
「おまえ、あたしじゃなかったらどうするんだ」
「スツルム殿だって避けなかったじゃない」
「ドランク、おまえ最初、気配を消してたんだろ、いきなり現れたからおまえだってわかったんだ」
「さっすがスツルム殿〜僕はねぇ、これだよ〜」
ドランクがスツルムの耳飾りに触れる。小さな音が鳴った。
「僕は耳がいいからね、すぐスツルム殿だってわかっちゃった〜」
近い。体を引こうとして、腕に捕まる。触れたままの指は耳にもう一度触れて、髪をすき角を撫でる。
「……それでスツルム殿はこれ、交換してくれるの?」
指の感触に気を取られていたスツルムは遅れて花飾りのことだとわかった。それが何を意味するか思い出してじわりと頬に熱が集まる。
「は!? なっ……!」
いつもみたいな軽薄さを貼り付けた顔ではなく、鈍く瞳を光らせていたく真剣な表情だった。強い視線に絡みとられたように逃れられず唇を開きかけて、しかし。
「もう、冗談に決まってるでしょ〜、あ、顔、真っ赤だね、スツルム殿ったら、可愛い〜」
へらりと崩れた面に歯噛みして剣先で突き刺した。大袈裟に痛がっているが知ったことではない。こんなことまで冗談。すこし本気にした自身が馬鹿みたいじゃないか。腰を抱く腕までも煩わしく思った。怒気をこめて離せ、と言えば解放されるはずでだが、余計強く抱きしめられる。
「だって僕、プロポーズは二人きりの時にしたいもん」
熱っぽく囁くように落としたドランクの頬もよく見れば薄く染まっていて、普段より幾分か高い体温にこの男も照れていたんだと気づいてしまった。


2021年8月9日