スツルム殿が本当に自分のことが好きかわからないドランクの話 R-18


 爪先で地面を蹴り、体躯を躍動させる。自由に戦う姿にはいつも眩しさを覚え、綺麗で格好良く、ドランクの瞳には写っていた。あの小さな体には想像もつかないくらいの力が詰まっていて、それは彼女の努力の証であり、ドランクには羨望の姿でもあった。敵を捉えて赤く燃える瞳に自身を写して欲しいから戦闘中に無意味に名前を呼んだりして、叱咤されるのは毎回のことだ。今日も彼女は、ドランクの前で重量なんてないかの如く軽々と空を駆るように剣を振るって魔物をなぎ倒していた。そういった日、ドランクは敵の爪が掠めた頬を治すくらいしか出番がなかった。
 そんなドランクにいつでも魅力的な彼女は誰にでもというわけではない。無愛想だし、特別見目が優れていることもないので異性からの恋情じみた好意を向けられているのはあまり見かけたことはなかった。ドランクが隣で牽制している分だってそれほど多くはない。だが、彼女のそのうつくしさに気づいてしまう人間がいないわけではないのだ。現に今、ドランクとの待ち合わせ場所で彼女は花束を捧げられている。相手に見覚えがあった。最近受けた依頼の主だろう。なんとなく、彼女に好意がある素振りは見せていたのでドランクは必要以上にスツルムへ距離を詰めていた記憶がある。恋人か家族の近さのつもりだったがそれでも諦めなかったのだろうか。
 ああ、いやだな、と思ったけれど割り込むような無粋な真似はしない。優しさなんてものではなく、ただスツルムに心の狭い男だなんて思われたくないだけだ。彼女の前ではすこしでも格好良く取り繕っていたい。なので離れた場所でぼんやりと眺める。聞くつもりはないが良すぎる耳ははっきり音を伝えてくる。
 愛を告白した男に対して、彼女の唇が動いてただ一言、好いている男がいると口にした。
その双眸は恋に浮かれたようなものには思えなかったけれど赤い色は鮮烈で確かに本当を告げていた。それがわかったのか、去っていく男を尻目にドランクはいつものように彼女に駆け寄った。
スツルム殿、告白されてたの? すごい花束だったよね? ねえ、好いた男ってもちろん僕だよね〜
 しかし、笑みを飾ってそんなつもりで茶化すつもりだったのにどうしてかドランクの唇から飛び出たのは待たせたことへの謝罪だけだった。何事もなかったかのように歩き出す彼女の隣に並ぶ。あの綺麗な赤い瞳がドランクも見たかった。

 

 

 

 

 自身よりずっと小さな体がドランクの下にある。落ちた影ですっぽり覆うほどの差。冷たい敷布に柔く押し付けた手は、ドランクが掴んでしまえば、手の中に隠れてしまう。
 赤い瞳は確かにドランクを映しているが何処か虚で歪められた形のまま落涙する。その雫を唇で触れた。
 入っている所がよく見えるように大きく脚を開かせて、まだ押し込んでいない部分を埋め込んだ。奥まで届いた感触に息を吐く。彼女の中も小さくて狭くていつもすこし余ってしまう。初めての時は半分も入らなかった。苦痛に歪んだ表情を未だに覚えている。同時に抱いた罪悪感と仄かな高揚感も。あの時と違いドランクが快楽を教え込んだせいで、今あるのは惚けそうな瞳と緩んだ口元だ。
 受け入れて内側から押し上げるよう膨らんだ下腹部から繋がった部分を指先でなぞっていけば、歯噛みする音が聞こえた。彼女が声を耐える仕草で引き締められた小さな唇は震えていた。
これ以上入らないのをわかっていて、ぐっと腰を押し付ける。剣呑な光を宿した瞳がドランクを見る。ごめんね、なんて言葉を吐いたがやけに白々しく聞こえた。
 ゆっくりと律動を始めると抑え込んだ喘ぎが彼女の唇からこぼれ落ちていく。
 彼女がこんな姿を見せるのはドランクだけだろう。だからスツルムにとって、自分は特別だと信じていた。
 好いた男がいる。
蘇る言葉と彼女の表情が忘れられない。
だってドランクは好きだなんて言われたことがなかった。
ドランクは恋人だと思っているけれど、彼女の唇からそう発せられたこともない。いつも紹介されるのは同僚、とだけ。
彼女は恥ずかしがり屋だからそれ故の照れ隠しだと思っている。否、そう思いたいだけだろうか。
 スツルムはドランクに甘いところがあるのでこういった行為に付き合ってくれているだけかもしれない。本当は他に好きな相手がいて。
考えて、息が詰まる。快楽で誤魔化すように動きに激しさを伴えば上に逃げ出す腰を掴む。
奥深くにあてがって擦りつけるとスツルムは、悲鳴をあげて首を振る。
「っあ、や、ドランクッ、……や、あ、あぁっ……!」
ドランクの体を退けようと肩に伸ばされた手を掴んで敷布に沈ませた。
ただ強すぎる快楽から逃れようとしただけだとわかっているのに拒絶されたように思えて、ドランクはその唇を塞ぐ。最中、嫌だ、とかやめろ、だとか彼女はよくそう口にするけれど今は聞きたくない。
咥内を蹂躙しながら、腰を打ちつけた。きつく締め上げられる感覚に、誘われるまま吐き出した。一滴残らず注ぎながら、口づけを続ける。
唇を解放して見下ろした彼女は快楽に弛緩した四肢を投げ出してぐったりしていた。蕩けた顔が視界を制しまだ抜いていないそれが張り詰める。
「スツルム殿〜、もう一回、しよ?」
返答を待たず、唇を重ねた。
 今、聞けば本心に問えるだろうか。スツルム殿は、僕のこと好き? たったそれだけだ。だが唇は彼女のものを貪ったままで、言葉を吐き出す気はない。首筋に回る腕の微かな重みがドランクの胸を締め付けた。

 

 

 

 

「スツルム殿、スツルム殿、起きて」
肩を揺さぶり彼女の覚醒を促した。しかしその瞳は明かされない。相当、無体を働いた自覚はあって、乾いた涙の痕がはっきり頬へ残っていた。
 スツルム殿、ともう一度声をかけた。手の中にある錠剤を横目にこのまま起きなければもしかしたらと思う。僕は何回も起こしたんだよ、とドランクは言い訳を探している。子どもがいたら彼女はずっと傍にいてくれるだろうか。夢想してすぐに否定した。
歪なそれが上手くいくわけがないとよく知っている。そんな家族が欲しいわけじゃない。
 再び肩を揺すった。ゆっくり赤い双眸がドランクを写し込む。泣きそうな顔だと思った。


2021年8月9日