足元をすくう熱

足元をすくう熱

 

肩こりさんにもらったお題、「ドランクに『しつこいから少しは控えろ』って怒った手前言い出せないけど一日ごとに悶々してきて困るスツルム殿」 R-18


 首筋を柔く噛まれた瞬間、中を生温い感覚が満たしていく。密着している体が震えて熱い吐息が耳朶を濡らした。腰に絡み付けていた両脚をゆるゆると外して、弛緩する四肢を寝台に投げ出す。額に張り付いた髪をドランクが払ってそこに口づけが落ちた。そのまま舌先が目元にたまったばかりの涙をすくう。
 薄い皮膚の下、に異物感は残ったままですこしでも動かれると敏感な内側が擦れて、ぞっとした。
「……おい、さっさとぬけ」
気怠げに言えば、情欲に浮かされた瞳が歪む。媚びるよう頭が擦り寄ってきて肌に流れる青色の髪がくすぐったい。
「ね、もう一回だけ……お願い、スツルム殿ぉ〜」
「……おまえ、さっきからそう言って、何回目だ」
 叩くに等しく肩を押して不満をぶつければゆっくりとドランクが腰を引く。ようやく終わると安堵に力を抜いたスツルムは、しかし、先端が入り口に引っかかる寸前で再び奥深くまで押し込まれて、甲高い悲鳴をあげた。
「ん、ごめん、ごめんね、これで最後にするから……」
ぐ、と強く奥に擦り付けてくる動きに頭が真っ白になる。制止の言葉はばらばらに砕けてただの嬌声に変わった。
「あッ……や、あ……!」
突かれる度に溢れるほど含まされた精液がぐちぐちと混ざる音がする。両手が浮いた腰を掴んだ。思わず上に逃げ出そうとする体に反して含んでいるそこはドランクのものをきつく締めつけてしまう。そのまま激しく揺さぶられ、快楽に全身が震えた。
「っ、あ、あ、あっ……!」
スツルムが達しても律動は続けられ頭に溜め込んだドランクへの悪態も恨み言も霧散した。甘い痺れが末端まで詰まっていく。
再び熱が吐き出された感覚があったはずなのにまだ中をそれは穿っている気がして、けれど快楽に溶ける頭では何も考えられず自身の甘い響きと寝台の軋みだけが聞こえていた。

 

 

 

 

 目が覚めた頃にはすでに日が高く登っていた。窓から差す光が両眼を焼く。眩しさに瞳を細め、寝返るつもりが体は重くそんな単純な動きすら億劫だった。
 汚れて情交の痕が散らばっていた体はいつのまにか清められていて服を身につければ普段通りだろうが、休日が消し飛んだのは間違いない。こんな疲弊しきった体では鍛錬一つ満足に出来ないだろう。
 何とか体を部屋の入り口へ向け、空間を睨んでいれば丁度そこにドランクが現れる。
「あ、スツルム殿、おはよう〜体、大丈夫? ごめんね、やりすぎちゃって……ご飯買ってきたけど食べる?」
眉を下げて神妙な態度で寝台の縁に腰掛けるドランクを苛立ちのまま蹴った。スツルムも昨夜の名残りで腿が軋むのだから手加減なんかしてやらない。痛みに悲鳴をこぼして飛び上がる体を横目に半身をのろのろと起こす。
「……さっさとよこせ」
怒気をこめたつもりだったが声が掠れていては怒りを示すどころではなく、自分のことすら思い通りにならない苛立ちが募っただけだった。差し出されたサンドイッチを引ったくるよう奪い取り口に含む。ドランクが何か話しているが全部聞き流した。無視しているのをわかっているくせにスツルムの名前を何度もドランクは呼んでいて、思わず舌打ちが散る。
 腹が膨れると急激に眠気が襲ってきた。朝方まで起きていたのだから当然だ。途中から記憶もない。こいつのせいで。忌々しげに睨みつけたのにようやくスツルムが反応を返したのが嬉しいのかドランクの耳は揺れている。普段は柔らかなそれを触るのが嫌いではないけれど今は引きちぎりたくて仕方がない。
 スツルムはそう怒りを持続させられる性格ではなくて、数時間もすればさっさと切り替えられるのだが、今回ばかりはすぐに流せそうになかった。
 もう一度や二度のことではない。休みの度に強請られて、抱き潰されている。いつも一回だけだからなんて、両手で彼女の手を包みながら熱っぽくスツルムを見つめて甘言を囁くが言葉通りに終わった試しがない。すっかり快楽に溶かされスツルムの思考が鈍っている瞬間を狙ってもう一回だけ、が繰り返される。気がつけば夜が明けていたことも数えきれないくらいあった。
 ドランク、と呼べば目を輝かせて身を寄せてくる。どうやら許されたと思ったらしい。
「なあに、スツルム殿〜ごはん足りなかった?」
その体を押しのけながら、覗き込んでくるへらへらした顔を睨め付ける。
「……おまえ最近、しつこいから少し控えろ。何回盛る気だ、この馬鹿……」
喜色に彩られていた面が固まって一気に萎んだ。
「えぇ〜、控えるって……本気で言ってるの〜?」
「当たり前だ、おまえのせいで休日何もできないだろ……!」
吠えた勢いで咳き込んだ。さすろうと伸ばされた手を叩く。今はドランクの気遣いすら怒りを生んだ。その罪悪感を掻き立てるような、心底哀しげな顔に騙されるのはもうたくさんだった。
「そんなぁ〜ねえねえ、じゃあ、ちゅーは? それくらいいいでしょ!? 僕死んじゃうよ〜」
「……うるさい、寝るから、だまれ」
 喚き出すドランクに背を向けてスツルムは頭に響く声を遮断するように布団に潜り込んだ。

 

 


 
 次の休みの前日、スツルムはドランクが言い分を聞き入れるか懸念でしかなかった。普段、ドランクは大抵彼女の意見を尊重するくせに、色恋じみたことに関しては子どもっぽく駄々をこねるときがある。だがその夜、ドランクはおやすみのちゅーしてよぉ、だとか情けない様相でしつこく繰り返すだけで口づけを落とせば、渋々自分の寝台に戻っていった。
 おかげでスツルムは久しぶりの休日を満喫した。朝早く起きて、鍛錬をする。その後は剣を研ぎに出して武器を見に行った。今までやはり怠惰としか思えない日々だった。一日中寝台にいるなんて体も鈍ってしまう。明るい日差しの中歩いていると余計そう感じて身に染みる。
 さらに数週間は経つがドランクが手出ししてくる素振りはない。
相変わらず眠る前にドランクは口づけを求めてくるのでこれくらいで黙るならと適当に唇を合わせて、寝台に潜り込んでいる。今までに比べてほんの一瞬のことだ。
 昔、寝かしつけるために弟の頭を撫でて額に口づけを落とした行為に似ている。似ているがドランク相手だと頬も唇も熱を帯びた。今夜もそうだった。この程度、何でもないことのはずなのに。
 ドランクに触れたばかりの唇を撫でる。ふと思い出すのは最中の、敷布に押し付けられて噛みつかれるよう重ねる唇だった。隔たりなく密着する熱い体躯や中を探られる快楽まで記憶に蘇って、慌てて打ち消す。こんなこと考えるなんて、まるでドランクに抱いてほしいみたいじゃないか。そんなはずない。嫌なわけじゃないけれどあんなの疲れる上、ドランクに好き勝手されるばっかりだ。
 その次の夜もドランクが嬉しそうに寄ってくるので口づけけてスツルムはいつも以上にさっさと身を離そうとした。余計なことを彷彿したくなかったのだ。しかし、腰を抱かれて、深く唇が重なる。熱い舌の感触が随分、久しい気がした。
 今まで何度も口づけを交わしているが未だに上手く呼吸が出来なくてスツルムはすぐに息苦しくなる。舌が動いて、唾液が絡む。背中の骨をドランクの指がゆっくりなぞって、肩が震えた。苦しさか気持ちよさかどちらかわからない涙が滲み始めた頃、ようやく唇は離れていく。ふと沸いた苛立ちが何なのか見当付かず思わず手近なドランクを叩いた。
「いったあ! これもキスだしそんなに怒らないでよ〜 でも相変わらずスツルム殿、下手くそだよね〜それはそれで可愛いんだけどぉ〜」
「……うるさい」
濡れた唇からこぼれた悪態は弱々しくて、自分では無いようで腹が立つ。
 咥内を弄られただけなのに全身がぞわりとした。体に力が入らない。縋るようにドランクの服を指先は掴んでいた。
 つむじに熱を孕んだ視線が突き刺さっているように感じてこのまま続きをするのだと思った。この間の夜からすこし空いている。最近の休日はドランクが手出ししてこないおかげで寝台から起き上がれないこともなく、溜まっていた用事は済んでいた。もう明日はすることがない。だから何だというわけではないけれど。ドランクが強請ってくるなら、少しくらい。
 しかし、ドランクはスツルムが息を整えるのを待って、額に唇を落とし寝台から立ち上がる。
「おやすみ、スツルム殿〜」
数歩先の寝台に戻るだけなのにドランクはひらひらと手を振る。掛布に潜り込む背中が見えた。
 拍子抜けしたスツルムは一瞬、そんな考えを抱いた自分に羞恥が湧き上がるのを感じる。別にしたかったわけじゃない。あいつがそんな雰囲気を作るから。
 そう言い聞かせたが、口内を探っていた舌先がまだ残っているように思えて、落ち着かない。さっさと寝てしまえばいいのだ。スツルムも布団をかぶって、瞼を閉じる。だが心音が速く一向に眠気は訪れない。それどころか体の奥が疼いて熱く、腿を擦り寄せていることに気づいた。濡れている感覚が気持ち悪い。あんな口づけくらいで。それを認めたくなくて枕を抱き込み爪を立てる。もう何も考えたくないのにこの間より明確に想像してしまう。濡れたそこにドランクの長い指、を根元まで埋め込まれる。かき混ぜられて気持ちのいいところをそれは何度も何度も撫でていくだろう。それから柔らかくなった部分に。
 不意に我に返ったスツルムは、湿ったそこを下着越しに指先で触れていることに気づき慌てて、手を引っ込める。頭に血が上った。頰が焼けるように熱い。何を、しているのだろうか。
 熱を帯びた吐息がきつく抱きこんだ枕に沈んだ。

 

 

 

 

「えぇ〜別れちゃったの」
「だってぇ、彼、浮気したんだもん。しかも理由がお前があんまりさせてくれないから仕方ないとか言うのよ、最低よね」
「なにそれ! ほんと最低ね、別れて正解よ」
煽っていた酒を飲み込む。しかし、何故かもう一杯という気持ちにならず、コップを置く。空腹を満たしたくて忙しなく料理を摘んでいた手もいつのまにか止まっていた。
 酒場でドランクと待ち合わせていたスツルムに隣の席は近くその会話は喧騒の中でも筒抜けだった。
 そんな理由で浮気するのか。いつも隣にいる男が嫌でも浮かぶ。
 ドランクは石鹸の匂いを纏っては頻繁に朝方に戻ってくることもあった。しかし少なくとも最近は夜出かけることはなくなったし、街中で他の女に声をかけることもなければ、誘いにのることもない。可愛い、綺麗、だとかよく回る唇で異性相手に愛想は振りまいているのは相変わらずだがそれも社交辞令にしか見えない。
 少し控えろと言ったことを思い出す。ドランクだって男だ。その分を他で埋め合わせるのだろうか。想像してむかむかしてきた。ドランクとの間に何か明確なやり取りがあったわけではない。長年の相棒で仕事の同僚でただ、それだけだ。時折、好き、だとか言われるがそんな時でさえ軽薄さを飾る男がどこまで本気かなんてわかったものではなかった。そのくせに、体も同じ言葉もドランクはスツルムに強請るのだ。
 そうだ。他の女のところに行きたければ行けばいい。そうなればスツルムが相手をすることはなくなるだろう。清々する。本当にするだろうか。酒はもう飲んでいないはずなのに口の中に苦い味が広がる。
 ドランクは未だに姿を現さない。約束の時間はとうに過ぎていた。待たされるだけではない苛立ちを抱えながら店の扉を伺えば、ちょうど青い髪が揺れていた。しかし、その腕に絡みつく細い体に寄せていた眉をさらに顰める。彼女からやんわりと体を離すドランクは、辺りを見渡して、スツルムと視線が絡む。
ほっとしたようにスツルムの方へ歩み寄り前に座ったドランクは彼女が唇を開くより先に声を上げる。
「ほら、待ち合わせていた人がいるから…ごめんね〜」
「でもお礼しないと私の気がすみませんわ、ね、今からお店にいらして」
 華やかな姿は、大衆的な居酒屋にすこし不釣り合いだった。高級娼館にいるような女をどこで引っ掛けてきたのだろうか。
 ドランクと女の、同じようなやり取りが延々と続く。余程、自分に自信があるのか中々、諦める気配がない。スツルムが会話に割り込んでも視界に入らないだろう。面倒だとドランクに鋭く目線をやればごめんねと口元が動く。
 ドランクと彼女の距離は近くて顔は唇が触れそうなくらいだ。艶やかな手つきでその体に女は触れていた。白い指先が手に重なって、恋人のように交錯する。
じりじりと焼きつくような不快感を胸が訴える。甘ったるい香水の香りが鼻について、気分が悪い。
 こんな光景を目にするのは初めてではないはずでけれど普段なら怒りが沸いても、ひたすら食事に徹していれば、気を紛らわせていられた。ドランクが頷くわけがないと確信しているからだ。だが、先ほど耳にした会話が脳裏に焼き付いていて、食べ物の味なんてわからない。
 本当は嬉しいんじゃないか。誘いにのりたいがスツルムの手前、言い出せないだけかもしれない。一瞬でもそんな風に穿ってしまって、気の短い彼女はあっという間に苛立ちの沸点に到達した。無言で立ち上がって、女から奪い去るようにその腕を引く。
「……おい、ドランク、宿に帰るぞ。こんなうるさいとこで呑んでられないからな」
睨んだ相手はドランクだったが殺気じみた視線に女が怯んだのがわかった。その隙に代金を置いてスツルムはドランクを引っ張って店を出る。
「スツルム殿、ありがとね〜ちょっと助けたら付き纏われちゃってぇ……でもやっぱり女の子に乱暴なことはできないし困ってたの」
石畳を叩く足音はスツルムの方が多い。しかし、あっという間に追いつかれてドランクは彼女の隣に並んだ。
「別におまえを助けたわけじゃない。食事の邪魔だったんだ」
「もう、素直じゃないんだからあ、そこも可愛いんだけど〜」
「……うるさい、大体、おまえ、断るならはっきり断れ。ベタベタ触られるのが嫌ならもっと振り払うとか……おい、何、にやにや笑っている」
気持ち悪い。そうはっきり表情で示したのにドランクはだらしなく口元を緩めたままだ。
「えぇ、だってぇ〜スツルム殿が、こんなにヤキモチ妬いてくれるなんて嬉しくって〜いつもはちょっと怒ってるなあってわかるけど動いてくれたりしないじゃない?」
「は、はあ!? 妬いてない! 変な勘違いするな!」
「ほんっと、僕ってば愛されてるよね〜」
じわりと赤が頬に沈む。
何度剣先を閃かせてもドランクの浮かれた足取りは変わらず、ついにスツルムは刺すのを諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 宿に戻り、部屋の扉を開けたドランクは何故か首を傾げていた。
「あれ、ベッドひとつしかないね〜おかしいなあ、ちょっと下に行ってきいてくるよ」
 そう残して階段を下り、数分で戻ってくる。どうやら宿側の失態らしい。満室のようで代わりの部屋も用意出来ないと平謝りされたとドランクは言う。
「別にいいだろ、屋根があるだけ充分だ」
「そりゃあ、野宿よりはずっといいけど……まあ、スツルム殿がいいなら僕は構わないよ〜」
 しかし、スツルムはすぐにその言葉を悔いた。
ドランクに隠れて見えなかったが部屋に入って一つしかない大きな寝台を目にした瞬間、なんだか気恥ずかしさを覚えたのである。
 一緒の寝台で眠ったことは何度もある。ただ大抵その時は、ドランクに組み敷かれた後だった。今夜、はどうするのだろうか。誂えた様な状況に落ち着かなくて、視界から白い寝台を逃す。
普段のスツルムはそんな考えに至ることすらなかった。だが、触れられなくなった途端、時折、脳裏をよぎるのだ。
 別にさっき聞いた話を気にしてるわけじゃない。
荷物を置いたスツルムは、考えを見透かされそうでドランクから背を向ける。丁度、視線の先に浴室が見えた。
「……風呂先入る」
「はーい、いってらっしゃ〜い」
呑気な声に何処か気を張っている自身が馬鹿らしく、唇を柔く噛む。しかし、ぬるい湯を浴びたところで頭を冷やすには至らず、数分で身を清め浴室から出たスツルムは長椅子に座るドランクを真っ向から見られないままだった。
 すこし隙間をあけて横に腰を下ろす。不意に伸びてきた手が髪に触れてどきりとした。普段、こんなことで動揺なんてしないのに。
「スツルム殿〜髪の毛乾かしてあげよっか?」
「……いい、自分でやる」
「魔法なら一瞬なのに〜」
「おまえ、一瞬でやらないだろ」
 膝の上に乗る必要もないのに抱き寄せられて、ちょっと時間がかかるなんて騙されるのは一度でいい。ドランクが自身の髪を彼女にかけた十分の一程度で乾かしていたのを目にしてその嘘が発覚したのはつい最近の事である。
 浴室に消えていく姿を一瞥して見送りながら、スツルムは荷物から道具を取り出し日課として剣の手入れを始める。
 ドランクはいつも通り長風呂で中々、上がってこない。慣れた作業故にさほど時間もかからず剣を研ぎ終わったスツルムは、道具を片付けて荷物を確認した。だが昨日も見たことを思い出す。当然、不足しているものはない。明日は休日のつもりだった。ならもうすこし起きていてもいい。そう思いながら何か時間の潰せる作業を探していることに気づいて、歯噛みした。ドランクを待っているわけじゃなくて、ただ眠る気にならないだけだ。
「あれえ、スツルム殿、まだ起きてたの〜?」
「……っ、いつもより手入れが長引いただけだ、もう寝る」
なんだかばつが悪くて追い立てられるよう寝台に上がる。
「あ、待って、待って」
声にふりかえればドランクは存外に近くにいて長い睫毛のひとつひとつさえつぶさに見える。手首が柔く敷布に押し付けられた。スツルムを包むよう影が落ちる。思わず身構えた。目一杯、金色が広がった瞬間、唇が刹那、触れる。目を閉じる間もない。ただ、それだけだった。
「したくなっちゃったの、明日はスツルム殿からしてくれると嬉しいな〜」
気づけば身を離すドランクの服を掴んでいた。
「……今日、は」
しないのか。飛び出しそうになった言葉を寸での所で呑み込む。何を、言うつもりなのだ。掴んでいた服を怒りに任せ振り払うかの様に離す。
「……おまえのせいで散々だった。呑み足りないままだ」
「えぇ〜、僕だって被害者なのに〜まあスツルム殿に助けてもらったし明日は僕の奢りね! 美味しいお肉でも食べにいっこか〜!」
「……いつもの店だぞ」
そう言ってドランクから背を向け布団に潜り込む。
「おやすみ、スツルム殿〜、僕ももうねよ〜っと」
灯りが消え、すぐ近く、彼女の後ろにドランクは横たわる。いつもなら瞬く間に眠りに誘われて瞼が重くなるはずなのに今夜に限って睡魔は中々現れない。自分の心音がやけに大きく聞こえた。
暗闇の中、じりじりと時間だけが経過するのを耐えていれば不意に太い腕が体に絡みついて、体温が混ざる。
「……スツルム殿」
首筋に名がかすめる。押さえ込むよう体重がかかった。掌が服の隙間をぬい、肌を撫でる。
「な、ドランク、おまえ、なに……」
返事の代わりに背後にある体が微動する。
耳朶にかかるのは寝息であった。勘違いを悟って羞恥が身を焦がした。この熱が怒りなのかそれとも別の何かなのか判断できず噛み締めた奥歯が軋む。ぜんぶ、ぜんぶ、ドランクが悪い。だが八つ当たり相手はすでに夢の中でスツルムは燻る怒りの矛先を彷徨わせる羽目になった。

 

 

 

 

「……ねえ、スツルム殿、ダメ? 僕、結構我慢したと思うんだけど」
 それからしばらく経ったある日のことだった。いつもみたいに両手で彼女の手を包みながらドランクは今にも世界が終わるかのような悲壮感を含ませて囁く。
 貼り付けた面だとわかっていて心臓が大きく跳ねた。思わず視線を逸らす。どうしてか断るという選択肢が浮かばない。だがすぐに頷けるほどスツルムは素直ではなくて、つい手を振り払った。
「そうか、ならもっと我慢したらどうだ」
素っ気なく吐き捨ててしまったスツルムに肩を落としたドランクは、絶望的な顔を取り繕っている。嘘くさい。が声色は切実だった。
「……ちゃんと一回だけでやめるから……、ね、お願い、スツルム殿……」
敷布を握った。掌が頬を撫でる。熱い、のはドランクの手かスツルムの頬かわからない。そのまま黙って俯いていれば、勝手に察してドランクは瞳を輝かせる
いいなんて口にしていないのに、寝台に落とし込まれた。嫌だったらそこから叩き出しているのだから、スツルムの感情はあまりに明白だったのかもしれない。
 いつもより性急に脱がされる服が辺りに散らばっていく。
唇を合わせたまま、下着の中を探る指先に自然と腰が浮いた。想像してしまった感触より現実はずっと良いはずなのに何処かもどかしい。
開かれた両脚の間に体が入り込む。押し付けられる張り詰めた熱い塊に、まだ挿れてもいないのに奥が疼いた。それを知られたくなくて、枕に顔を埋める。ドランクはすぐに彼女の表情から心の内を暴いてしまうから、見せたくない。
「ごめん、僕、もうつらいから……いれるね……」
一気に奥まで押し込まれて、軽く達した。息を整える間も無く、律動が始まる。その動きは乱雑でいつもより余裕がないように思えた。だがスツルムもドランクの様子を伺っている間なんてなかった。
 少しでも動かれるとぎちぎちとそれを咥え込んで頭が真っ白になる。おかしい。いつもこんなに簡単に意識は飛ばない。さっき達したばかりなのにまた目前が明滅しはじめる。
「スツルム殿、こっちみて」
絶え間なく続く快楽に力が入らず、涙の滲みた枕を取り上げらる。瞬間、突き上げられて、堪えていた嬌声があふれだす。これで達したのは何度目だろうか。
「スツルム殿、どうしたの? いつもよりいっぱいイッてるね。中、ずっとびくびくしてるよ」
「っ、そんなことな、や、あ、あっ、あ……!」
快楽に惚けたぐちゃぐちゃの顔を見られたくないのに、ドランクが手を押さえ込んで動くものだから隠しようがない。強く腰を打ちつけられる度に体が快楽で跳ね、甘い声が唇を濡らした。その様子を劣情を潜めた瞳が舐めるように眺めていて、羞恥に中の形がわかるほど締めつけてしまう。
「は、締めすぎだよ、スツルム殿……僕もイきそ……」
深い位置に押し付けたまま擦り付けられる。一際高く啼いて弓形に逸れる体を抱きしめるドランクは精を吐き出した。短い吐息を繰り返すスツルムの唇を己のもので塞ぎながら胎の中いっぱいに埋めていく。入りきらない分がこぼれて、肌を汚した。
「スツルム殿ぉ、すっごく気持ち良さそうで可愛いかったよ〜えっちな声、いっぱいきいちゃったあ」
「…………っだまれ」
「もお、愛し合ったばっかりなんだからあ、そんな冷たいこと言わないでよ〜、ね?」
上機嫌なドランクは呼吸を整えるスツルムに唇を寄せてくる。額に落ちた口づけはそのまま同じように顔中に熱を振りまいた。
 まだ体は快楽に酔っている。唇が当たる度にぞわりとして中が反応しそうになった。
 上手く頭が回らないスツルムは、いつものようにドランクはすっかり先ほど口にしたことを都合良く忘れてもう一回と言い出すのだと思った。だがずるりとそれは抜けて、ドランクは身を離す。空虚になった腹が小さく疼く。耐えるよう丸めたつま先が白んでいた。
「スツルム殿、先にお風呂入る? あ、一緒に入ろっか〜、ね、そうしようよ、いいでしょ、スツルム殿〜」
「……ひとりでさっさと入ってこい、あたしは寝る」
 未だ快楽の抜けきらない体を背けて布団に包まった。ドランクはスツルムの背中にしつこく説得を試みていたようだが無反応な彼女に諦めたようで足音が遠ざかっていく。静かになった空間でようやく眠れる、そう思ってしかし、物足りなさを示すように体の芯が熱いままだった。なんで。どうして。きっとドランクが余計なことを体に教え込んだせいだ。あんなにいつもいつも激しく抱くものだからそれに慣れきった体が一度程度では満足できなかったのだろう。だが控えろなんて言った手前、スツルムからもっとと強請れるわけがなかった。ドランクは律儀に約束を守っているのだからスツルムからそれを口にした瞬間からなんだか負けた気がする。想像しただけで悔しさと恥ずかしさが湧き上がってくる。
 耐えるために抱きこんだ枕に胸が擦れて、堪らず腿を合わせた。身じろいたせいで先ほど吐き出されたものが脚を伝う。ぞくりとした。つい指でその部分に触れた。そのまま進めれば受け入れたばかりで滑りの良い路に小さな指は容易に沈んでいく。柔らかい壁は熱い。
溢れてくる感覚が気持ち悪いから。そう言い訳を並べ立てながら掻き出していたはずで、けれどそれだけではない動きを指は伴っていく。
「……っ、ん、ん、……」
ドランクがよく触れている入り口近くの突起をひっかきながら中を撫でれば、背筋を快感が過ぎていく。だがその程度では足りず更なる刺激を欲して胸の先端を引っ張る。
「スツルム殿はここ好きだもんね〜ぎゅってされると気持ちいいんでしょ」
頭にドランクの声色が蘇ると同時に指を中が締めつける。快楽に目前が白に染まった。枕に顔を埋めて、歯を突き立て悲鳴を殺す。だけどまだ物足りなくて指を増やして、かき混ぜる。
 もっと奥、一番深いところに欲しいのに小さな指では至らず焦燥だけが募る。もうとっくに中を埋めていた白はなくなっていて別のものが指に絡みついた。微弱な快楽を追いかけるのに夢中でぐちゃぐちゃと響く水音が大きくなっていることにスツルムは気づけない。
「……っ、ドランク……ぁ、……ドランク……」
最奥を突かれる快楽を必死に想起しながら、指を動かす。耳元で囁かれる名前はいつも熱を帯びていた。しかしあとすこしというところで達せない。苦しいほどに埋め込まれるそれとスツルムの指では差があり過ぎて、どうしても満たしきれなかった。
枕から顔を上げて荒い吐息を繰り返す。
 そこでようやくスツルムは寝台の敷布がわずかに傾いていることに気づいた。まるで誰か縁に座っているかのような体重のかかり方に息を呑む。
おもむろに振り返って金色の瞳とかち合う。全身の血がぜんぶ顔に集まったように頬が一気に熱くなった。
「っ、お、おまえ、いつから……!」
「ううん、最初からかなぁ〜服を忘れたから取りに来たんだけど……スツルム殿がとってもえっちで可愛いことしてるなあって思って見入っちゃった」
最初から。あんな痴態を全部。羞恥で声にならないまま唇を開閉させた。ぎしりと寝台が軋む。
「あんな切なげに名前呼ばれても、すぐ襲わなかったんだから褒めて欲しいなあ〜」
近づいてくる体に身を固くする。鈍い色を煌めかせる瞳は劣情を隠しきれていない。
影が落ちた。
「でもスツルム殿ったら僕には控えろって言ってたのに、ひとりで気持ちいいことしちゃうんだ」
耳元で囁かれる音はドランクにしては無感情な声色だった。手を掴まれる。
「さっきイけなかったでしょ、手伝ってあげるね」
「しなくていいっ、や、やめろ、はなせ」
ドランクの腕から逃れる間も無く背後から押さえ込まれて、身動きが取れない。膝裏を抱えられて、今まで指を含ませていた箇所が晒された。溢れ出す液体が敷布を汚して羞恥で頬に赤が差す。
濡れた割れ目を撫でドランクの指はスツルムの指を巻き込んで一緒に入っていく。
「ここまではスツルム殿の指じゃとどかないから」
深い箇所をドランクの指先が一度だけ撫でる。びく、と半身を震わせるとドランクの笑い声が耳を舐めていく。
「……こっちだよ」
指が彼女と重なって浅いところを刺激した。そのまま何度も同じ場所を擦られる。
「……ここ気持ちいいでしょ?」
「…ひ、…あっ…、やぁ、……!」
「ねえねえ、スツルム殿ったらいつもこんなやらしいことしてたの? おっぱいも気持ちよさそうに触っちゃってさ〜」
「し、てない、っ、…あ、うあっ……!」
「えぇ、ほんとかなぁ〜僕に隠れてこっそりしてるんじゃないの〜?」
指の動きが激しさを増した。スツルムがひとりで慰めていたよりもずっと強烈な快感が身を焦がす。腹の内側を探られながら外にある鋭敏な部位を指先で弄られて、視界が白に弾けた。
「あっ、ああぁ……!」
全身を襲う快楽の強さに小刻みに体が震えた。短い呼吸音が遠くに聞こえる。指が中から抜ける瞬間すらぞわりと身震いした。
「スツルム殿はひとりで気持ちのいい思いしたんだから僕の相手もしてくれるよね」
背後から抱き抱えられたまま膨らんだそれ、が入り口に触れた。大きく開かされた脚の間でゆっくりと上下しては敏感な箇所をかすめていく。
「そりゃあもちろんスツルム殿が恥ずかしがり屋さんなのは知ってるけど」
「ッ……」
先端が沈む。それを埋め込まれることを待ち侘びていたように腹の奥が期待して蠢いた。
「ひとりでするくらいならスツルム殿からもっとしたいって」
しかし浅いところですこし動くだけでそこから先には進まない。
「言ってくれてもいいんじゃない? ね、きいてる、スツルム殿〜?」
何も耳に入っていなかった。入り口付近で出し入れされるもどかしさに必死に抗っていて、そこに意識が奪われる。
「もお、そんなに僕の、ここまで欲しいの」
「っちが、ぁ……!」
臍の下、をドランクの掌がゆっくり撫でた。口で否定しながら中は反応して、締め付けを強めていく。
「ねえねえ、僕、スツルム殿に奥までいれてっておねだりしてほしいな〜」
「そんなの、言うわけ……!」
「じゃあもう抜いちゃうよ、いいの?」
「っ、うるさい、さっさと抜けばいいだろ……!」
そう吼えてけれど咥え込んだそこはきつく吸い付いて離れない。ドランクの指先が繋がった部分をなぞっていく。ぞわぞわとした感覚が足元から這い上がって、涙が滲んだ。
「……あれえ、でもスツルム殿のここは抜いて欲しくないみたいだね? 必死にきゅうきゅう締め付けて可愛い……」
「ちが、……やぁっ…!」
割れ目を開いた指は突起を摘み、先端はただ浅いところを往復する。目の前でその様子を見せつけながら胸をドランクは弄り始め、その膨らみに片手を強く沈ませる。だが触れてほしい敏感な箇所はわざとらしく避けられて、堪らず腰が揺れた。
「ぁ……っ、う……ぁ……」
「腰動いてるよぉ〜ほらあ、ここまでいれてほしいんでしょ?」
耳に沈む低い音と共に歯があたる。柔く食まれて、半身が跳ねた。薄い腹を指先がつつく。苦しい。はやく。もっと。
「……まで、い………」
「えぇ? スツルム殿、なんて言ったの〜?」
「……っドランク、聞こえてただろ! さっさとしろ……!」
「だってえ、僕がエルーンじゃなかったら聞こえてないじゃない、もお、恥ずかしがり屋さんなんだからあ」
こめかみに口付けが落ちた。ゆるりとそれが内側を押し上げて、圧迫感に息をつめる。路を広げられていくたびに撒き散らされた快楽に目眩すら覚えた。
「……ほら、入ってくよ、スツルム殿」
「……いちいちそういうこと言うなっ……」
奥にあたる硬さにぞっとした。すでに中は咥え込んだものをきつく締め上げていて、脈打つ感覚までわかってしまう。ドランクの気持ち良さげに落とされる吐息が首筋を過ぎてぞくりとした。
「締めすぎだよスツルム殿ったら……、嬉しい、僕のそんなに欲しかったんだ」
「ぁ、だまれ、この、あっ……!」
最奥にある入り口を確かめるように先端が擦り付けられる。ドランクは何度も彼女の体を持ち上げてはそこに落とし込む。ごつごつと奥にあたるたびに上擦った声が跳ねた。
「あ、あ、うぁ……!」
欲していた熱の快感に耐えられなくて、滲んだ涙が視界を覆う。先ほどから散々焦らされ、甘い痺れを訴える膨らみの先を同時に引っ張られて意識が飛んだ。強烈な快楽に呼吸すら上手くできない気がして短く喘ぐ。当然、ドランクのものは未だ張り詰めていて、存在を主張し続けていた。
「イっちゃった? ごめんね、スツルム殿、もうちょっと頑張って……」
力が抜けくたりとした体をうつ伏せに寝台へ押し付けられた。ぎりぎりまで引き抜かれたそれが一気に奥まで貫く。
「あ、ぁ、ああぁ、あ、……っああ……!」
後ろから突かれながら、唇が背中に痕を刻みそこを舌先が撫でていく。その度に肌が粟立ち、些細な刺激にすら意識が持っていかれそうになる。痛みなら耐え切れる。だが快楽は思い通りにならず泣きたくなんかないのにぼろぼろと落涙して、頬が濡れた。
「ッ、スツルム殿…、スツルム殿……」
耳を揺らす甘い声。粘膜の擦れる音が寝台の軋みと混ざる。深い箇所ばかりを抉る激しい律動に頭が真っ白になった。
ドランクが奥を穿ったまま吐き出した時にも達して、もう何度目かもわからない。抜けていくのと共にどろりとした液体が腿を濡らした。快楽の余韻が残る全身は弛緩したように寝台に沈む。
身を寄せてくるドランクが顔を覗きこもうとするものだから枕に縋り付く。だが、力の抜けた体は容易にひっくり返されて、金色の瞳が享楽に惚けた面を写し込む。愛おし気に唇が、耳に、瞼に、頬に落ちた。
「ぁ…み、るなあ……」
「可愛い、スツルム殿……、泣くほど気持ち良かったんだ。僕もとおっても良かったよ〜」
睨んだはずなのに再び硬くなったそれが割れ目に擦り付けられた瞬間、すぐにその形を保てなくなった。与えられる快楽を体が勝手に期待していて、そこがひくつく。
「……ね、スツルム殿、もう一回、してもいい?」

 

 

 

 

「スツルム殿、ごめんってばあ、機嫌直してよ〜」
彼女を腕に閉じ込めたままぺらぺらと言葉を操る男はそう言いながらも未だ腹やら胸に手を這わせている。素肌をくすぐる髪が白い敷布にも広がっていた。
「……おまえ、鬱陶しいぞ、いつまで触ってる」
「だって今日はもうベッドから出ないでしょう? いちゃいちゃしようよ〜」
「誰のせいで出られないと思ってるんだ……!」
すでに昼過ぎで食事を取っても彼女は寝台から起き上がる気力もなく、ドランクの体を押し退けるのすら億劫であった。
寝台にただ横たわっていると昨日の記憶が蘇ってぎりぎりと奥歯が軋む。どうしてあんなことをしてしまったのだろう。自身の指の感触が思い出されて一気に全身が沸騰したように熱くなる。
 至る所にしつこく口づけてくるこの男、強く頭を殴ったら忘れないだろうか。密やかに拳を握ったスツルムは、しかし不意打ちのように落とされた言葉がいつもと違ってひどく真摯に響いたせいで振りかぶる機会をすっかり逃してしまったのである。

 

 

 

その後の話

 

 風呂から上がって部屋に戻ったドランクは息を潜めて、寝台に近づく。この間からいく日か過ぎてそろそろだった。
彼女が背を向けて横たわる縁に腰を下ろす。軋みに小さな肩がびくりと跳ねた。すこし時間をおく。
「あれえスツルム殿〜、もう寝ちゃったの?」
声色がすこしわざとらしかった。でもいつも演技じみているから問題ない。それに今のスツルムは余裕がないと知っている。
……まだ、起きてる」
背を向けたままの彼女を一瞥だけした。薄い耳が赤い。もう手が出そうになる。ぐっと我慢した。顔を覗き込むことはしない。愉しみは最後にとっておく。
「すぐ寝ちゃうスツルム殿が珍しいね〜あ、もしかして僕のこと待っててくれたの〜! 嬉しいなあ」
……そんなわけないだろ、眠れなかっただけだ」
「つれないんだからあ〜起きてるならちょっとおしゃべりとかしてもいいじゃない。でもまあもう遅いし今日は寝ちゃおっか」
隣に滑り込む。何気ないふりをして引き寄せると彼女の体はひどく熱かった。汗ばんですらいる。淫靡な香りだった。腿を擦る音が聞こえる。普段、冷静で隙なんて見せないスツルムらしくなくあまりにわかりやすい。
……も、もう寝るのか」
「寝ないの? スツルム殿はおやすみの日でも早起きじゃない」
察しのいいドランクがこんな風に言い出すことをスツルムはすこし考えてもいいはずだった。それどころじゃないんだ。余裕のなさに口元が緩む。
 奥歯を噛む音が聞こえた。彼女の顔は見なくとも真っ赤であることは明白で沈黙は短い。おずおずと振り返ったスツルムは縋るような双眸でドランクを見上げる。彼女の小さな手が胸元を掴む。
……、ドランク」
甘い響きだった。そんな声出せたんだ。這い上がる劣情に耐えて、いつもみたいに笑う。簡単に手を出したら今まで我慢したかいがなくなってしまう。
「なぁに、スツルム殿」
頬を撫でて耳朶に触れた。熱い。びく、と体を彼女は震わせる。
「おまえ、わ、わかってるだろ」
「わかってるってえ、またスツルム殿がひとりでしてたことでしょ〜」
「っ、ち、ちがう……! してない!」
そんな顔をしてるのに隠せているつもりなんだろうか。
服の隙間から手を差し入れる。足の合間、そのまま下着の中まで侵入する。濡れている。外をなぞるだけ、腹の内側まで指を入れなくてもわかるくらいだ。下着ごと脱がせて眼前に晒す。灯りがはっきりとそこを明かした。
「こんなに濡れてるのに?」
「っ……
真っ赤になって顔を逸らしたスツルムはエルーンでもないと聞こえない音量で見るななんて言うけどドランクが触れる手先を振り払うこともない。
 スツルムが我慢出来なくなるくらい体を繋げなかったら以前みたいに数日前からひとりで慰めているのに気づいた。部屋が一緒なのに気に留めていられなくなるなんて控えた甲斐があった。おかげで寝たふりをしたドランクは毎晩、熱を持て余して必死に声を抑えながら、自慰するスツルムをじっくり眺められた。夜目が利くって最高だ。ドランク、ドランクって泣きそうな声で呼ばれるのも堪らなかった。
 一度教えたのにスツルムはあまり上達しないものだから中途半端なまま処理していたに違いない。
今日もそうだったのだろう。耐えかねてようやくドランクに仄めかすくらいには、限界だった。
「物足りなさそうだね、上手に出来なかった? この間教えたでしょ〜?」
優しく撫でるのをやめて、下生えをかきわけて指を沈ませた。びっくりしたような高い声が上がる。ドランクの指は結構大きいのだけど散々、もっと硬くて太いものを埋め込まれているせいか増やしても容易に飲み込んで愛液を滴らせる。
「前も教えたよね、スツルム殿の好きなとこはここだよって、ねえ、覚えた? 気持ちいいでしょ〜?」
……うるさ、やぁっ………!」
 戦闘時の気迫なら震えるほど怖いが惚けた顔で睨まれても全く威力がない。中だって欲しがるように締め付けてくるのに本当に素直じゃない。そんな可愛い姿のご褒美のつもりでたくし上げた服から覗く胸も一緒に刺激した。掌を沈ませてからその指の隙間から溢れるほどの柔らかさと形を堪能して、先を舐めて吸って痛くないように柔く食んだ。あ、あ、と溢れる声は気持ちよくて抑えきれなくなってきたのだろう。引っ張られるのも好きみたいだから摘み上げながら浅いところから今度はスツルムの指では届かない深い箇所を責め立てていれば、内側が激しく震えた。
 逃げを打つ体が逸れて、顔が枕に隠される。ずるい。一番良いところなのに。脳髄を溶かすような甘い甘い砂糖みたいな声も聞こえなくなってしまった。絶頂を迎える寸前で動きを止める。続きを期待するように肉壁は痙攣して誘っているけれど応えないままでいる。しかし、わざと良いところを外して焦らしてもスツルムは枕に縋り付くだけだ。
「もお、顔見せてよ、スツルム殿。ちゃんとイッたかわかんないじゃない」
羞恥で潤んだ瞳がこっちを向いた。剣呑さを孕ませながらもこのまま置かれるのは辛いのだろう。腰を自分で揺らしているくらいで動きを再開させてすぐ彼女は達する。見開いた瞳からひとつ涙が落ちる。きゅ、と唇を引き結んでも逃しきれない快楽に溺れる姿を目に焼き付けて、留めようとする膣から指を抜いた。
くたりとする体躯はスツルムが我に返ると恥ずかしそうに隠される。
「ね、ね、どうだった〜? 気持ちよかったよね、スツルム殿のイッてる顔、すっごく可愛かった〜」
……っうるさい、だまれ」
飛んできた拳は軽かったがそれなりに痛い。だが振われる暴力の大半が照れ隠しなので体の痛みすら心地よいのである。
そのささやかさに笑いながらこれで終わりの意味を込めて身を離すと袖口が掴まれる。
「どうしたの、スツルム殿?」
小さな唇が開いて閉じる。長年の付き合いのドランクがスツルムの心の内を知らないわけがない。だけど黙り込む。ドランクから言わない。
強請ってくれるのを待っている。何を何処に。くらい具体的に聞きたい。
「足りなかったかな? もう一回して欲しいの、スツルム殿」
色濃い茂みを撫でた。スツルムは首を振っている。しっかり目に止まっているのに見ないふりをするには無理がある。けど都合よく無視してまだひくついて欲するように涎を垂らす入り口にもう一度含ませる。やっぱり熱くて柔らかい。
「っちが、指じゃ……あっ、う、ぁ……!」
「え〜スツルム殿、聞こえないよ〜指、気持ちいいの? 違う? ちゃんと教えてほしいな〜」
耳元で囁く。ついでに舌で舐めて歯を立てる。それだけで指を飲み込むように吸い付いてきた。
ドランクと甘い声が呼ぶ。昂らせた体はもう限界なのだろう。指の挿出を早めた。また顔を見たい。あの蕩けて可愛い表情は何度見ても良い。
そんな時、膝が当たる。当てられている。とっくに張り詰めて痛いくらいのそこをそのまま撫でられて、ぞくりとした。こんな煽られ方されるなんて思わなくて、反撃された気分だった。
……いれろ、これ……
何度も何度も擦り付けられた。はやく、と唇が催促を模る。瞬間、中の締め付けが一際強まってか細い悲鳴が上がる。彼女の短い呼吸が肌を舐めた。
これはこれで悪くないけど引き出したかった言葉は聞けなかった。すごく我慢したのに最後で肩透かしをくらったドランクはちょっと不満だった。焦らし続けて可愛くおねだりして貰うつもりだったんだけど。
 いつもならスツルムが落ち着くまで待つ。優しくいれるね、なんて告げてからゆっくり体を開いていく。
 でも意地悪してもいいかな。いいよね。
指を抜いて代わりというには大きすぎるそれをあてがった。
「や、待っ、あ、あぁあッ……!」
興奮の冷めないままの体を貫く。一番奥まで進めて、ぎちぎちに締め付けてくる感覚に陶酔した。
「待ってって、スツルム殿がはやくいれてって言ったじゃない」
ドランクの言い訳じみた軽口はきっと聞こえてすらいない。激しく出し入れされて水音を響かせる下腹部と同じくらいスツルムの頭の中もぐちゃぐちゃだろう。
 酸素を求めて喘ぐ唇に軽く口づけた。本当は舌を絡めて、唾液を啜って咥内を隅から隅まで味わいたいけど可愛い声が聞こえないのは厭だから我慢して達している途中の体を揺さぶる。
ドランクのものを咥え込んでいるそこは絶頂が途切れないのかずっとびくびくと震えていた。それが堪らなく気持ちよくて夢中で動く。
「ひ、やあ、あ……ああ、やだ、やあ……!」
強すぎる快楽から逃げる腰を掴んで深く穿つ。ぜんぶ埋めたまま最奥に擦り付ける。
舌足らずにうごくな、なんて言われても余計、興奮する。もう出したい。耐えるつもりだったが気持ちよさにぼろぼろと泣き出した彼女を見てしまったら理性は砕けて、本能のまま熱を奥へと叩きつけていた。

 

2021年4月27日