幻覚
学パロ的な……
「もお〜だめじゃない、スツルム殿ったら無茶しちゃ〜」
薬の匂いが染みつく指先で手首に包帯を巻きながら、ドランクは唇を尖らせる。捻挫したらしいそこは仄かに熱を帯び、断続的な痛みを訴えていた。
「仕方ないだろ、あたしが避けたら生徒が怪我するんだから」
「だからってぇ結局スツルム殿が怪我したら意味ないでしょ〜」
体育の時間、折り重なるように転倒する二人を庇ったものの手の付き方が危うかったようだ。授業後、赤くなっているのを保健医のくせに校舎をふらふらと徘徊しているこの男に目敏く見つかって保健室に連れ込まれた。ドランクが言い分は正論なので黙って聞いていたがぶつぶついつまでも説教を垂れ流しているので段々と苛立ってくる。いい加減、手が出そうになった瞬間、背後の扉が開く。
「失礼しまーす、あ、先生〜!」
明るい声色と共に入ってくるのは二人の女生徒だった。見覚えはなく、スツルムが受け持っている学年ではなく一つ下なのかもしれない。
「ちょっと指怪我しちゃって、見てもらっていいですか〜?」
「うん、どれどれ〜ちょっと見せてね〜あ、スツルム殿、まだ終わってないから帰っちゃだめだよ〜」
怪訝を貼り付け包帯が巻かれている箇所を見る。まだ終わってないのだろうか。
顔を上げればドランクは楽しげに会話を交わしていて、視線の在りどころに惑う。
女生徒に囲まれているドランクはよくある光景であった。スツルムが手当てに保健室に来て一人でいるところを見たことがない。優しくて顔がいいと人気らしい。彼女には胡散臭い笑みを浮かべた怪しげな男にしか思えないのだがどうも年若い生徒には魅力的に写るようだ。
また告白されちゃった〜どうしよ〜だなんて一々報告しにきて、鬱陶しいので竹刀でちくちく突いて憂さ晴らしする。しかしそれでもどこか嬉しそうなのがさらに腹立たしい。
「ねえねえ、先生は恋人いるんですか〜?」
「恋人はいないかな〜」
「えー先生かっこいいのに〜ねえ?」
「うんうん、こんな人と付き合いたいよね〜」
「ほんとぉ〜? 若い子にそう言われると嬉しいなあ」
聞こえてくる会話にだらしなく笑っている姿が想像出来て眉根を潜めた。相変わらずいい加減で調子のいいことばかり並べ立てている。
「そろそろ次の授業始まっちゃうよ〜ほら帰って帰って」
「はあい、またね、先生〜」
手を振るドランクに見送られぱたぱたと部屋を出ていく音が響く。静寂が戻る室内でドランクはスツルムの前に座って再び彼女の手を掴む。しかし治療が再開されるわけでもない。
「おい、終わったなら離せ」
「ううん、まだだよぉ〜ちゃあんと巻けてるかみてるんだから」
手首から甲を撫でられる。睨め付けると瞳を細めて見つめ返されて、思わず双眸を伏せた。
「……生徒に褒められて随分嬉しそうだな、お前」
「えぇ〜スツルム殿ぉ、もしかして、焼きもち!? 焼きもちなの〜!」
「耳が良い割にお前ちゃんときこえてないのか!?」
「心配しなくてもぉ〜僕には格好よくて可愛い奥さんがいるんだからよそ見なんてしないよ〜?」
唇が手の甲に触れる。上昇する体温に唇を食んだ。手を引きたくて、しかし痛みがぶり返すから大人しく掴まれているしかない。指先一本一本に落ちる口づけ。与えられる熱に肩が震えた。視線を飛ばした扉、は開かないけれど喧騒は近く、落ち着かなくなる。
「……離せ」
「スツルム殿、顔真っ赤だよぉ〜、あっちで休んでいく?」
ドランクの視線の先にはカーテンの隙間から白い寝台が二つ覗いていた。心臓がいやに早くなる。
「い、いい!」
「そんなに必死に否定しなくてもいいのに〜あ、もしかしてえっちなこと考えちゃった? そんなこと学校でしないよぉ〜?」
面白がるように釣り上がった口端を目にスツルムはドランクの爪先を踏んで立ち上がる。悶絶している男から踵を返して、派手に音を立てて保健室から飛び出したが、中々頰の熱さは静まらない。
その後、ドランクを家でも職場でも無視していたら、萎びて使い物にならないと同僚たちからの苦情が相次いでスツルムに入ってくるので仕方なく口を利いた。
またかと教師間で噂になっているのを知らぬのはスツルムだけである。
2021年1月4日