平行線は交わらない
一生添い遂げたいくらいスツルム殿のことが好きなドランクと5股くらいしてそうだと向けられる好意を全く信用してないスツルム殿の話。R-18
漫然とする意識の中、掛布を胸元まで引き上げながら寝返りを打つ。全身が気怠く、節々が微かな軋みを訴えてくる。傷を負った時とは違う痛みが内臓から響くのは初めてであった。その原因に苛立ちが募り足元の脛を数度蹴ったが隣で眠っている青い髪のエルーンが起きる気配はない。一度眠るとなかなか目覚めないので仕事の際は、文字通り叩き起こすのはいつもスツルムの役目なのだが、今はそのまま眠っていてほしくて、それ以上の八つ当たりは止める。
面を合わせるのが気まずい。好きなんて甘言をドランクが囁きながら肌を合わせた記憶はあまりに新しく、嫌でもその情景が脳裏をかすめる。熱を帯びようとする頰に唇を食んだ。
最初に言われたのはいつだっただろうか。好き。好き。好き。積み重なり記憶を埋めて思い出せぬほどにドランクはその言葉を吐き出し告げてくる。その度に素っ気なくあしらっていたのは、ドランクからの好意をあっさり信じられるほど、浅はかでもなく、夢見がちな人格でもないからだ。
ドランクが異性を誘ったり誘われてついていくのを目の前で散々見送り、夜遊びに出かけていく姿を知らぬわけでもない。恋人が何人かいるだろうし誰にでも言っている軽い戯言にしか響かなかった。
初めて告げられたとき、まさか数十年隣にいた相手に今更そんなことを言い出すなんて思わなかったのですこし動揺したが、ふと見渡してたまたまに入っただけだとすぐに心を落ち着かせた。否、落ち着かせたつもりでも聡いドランクにはきっとスツルムの様子に気付いてしまったのだろう。容易く思われたのかそれからも同じ台詞を告げてくる。腹が立つが、惚れている方が弱いに決まっている。段々と悪態で返せなくなってくちづけまで許してしまってからは、ドランクは隙あれば触れてくるようになった。
口では突き放しながらも嫌だと思えないのだから重症だった。どうしてこんなのが好きなのだろう。相棒としては認めているがきっと他の女にだって同じことを言って同じことをしているようないい加減なやつなのにどんどん内側へ踏み込ませてしまう。
諦めて好きにさせたのは一度で飽くだろうと思ったからだ。他にもドランクの言うことを訊いてくれる好みの女なんいくらでもいるのだから、わざわざ無愛想で面白みのない自身をいつまでも相手にするはずがない。昨夜の行いでもう満足しただろう。スツルム相手に恋人のような振る舞いをせずいつもみたいに他の女を追いかけていればいい。
下らない感傷を持ちつづけるのは苦痛で、考えるのにも向いていない。
乱雑な思考を捨て置いて、隣を見る。無防備な寝顔だ。
ドランクが起きる前に身支度を整えたくて腰に巻きついたままの腕を外したかった。しかし、スツルムが奮闘する間も無く、その瞳が明かされる。金色がスツルムを捉えて、緩む。
「おはよう、スツルム殿ぉ〜」
引き寄せられた体は隙間を失くして唇が近づいた。寸でのところで掌を滑り込ませて阻む。何を考えているのだろうか。昨日散々したのだからもう満足しただろう。眉間に皺が寄る。
「……やめろ、おい、離せ」
「えぇ〜そんな冷たいこと言わないでよ〜もうちょっとひっついていたいな〜なんてぇ」
喜色を全面に腕に力を込めて囲いを狭めるドランクと体躯がぴったりと密着した。心臓が跳ねるのは単純に肌を晒しているから恥ずかしいだけだと思いたい。
「……ね、身体、大丈夫? どっか痛いとこない?」
声が近く、吐息が耳朶をかすめた。
「……いいから離せ。鬱陶しい」
「つれないなあ〜昨日はあんなに素直でかわ、いったぁ!」
拳をめり込ませて、腕から逃れる。手に伝う感触に想像より厚い胸板を思い出させた。痛くもないくせに大袈裟だ。昨日だって肩を噛んでも嬉しそうだったじゃないか。要らぬことも彷彿して奥歯が鳴る。壊れものを扱うかのような手つき。過分なほど気遣う彼女を呼ぶ甘い声。
幻聴を振り払い、しかし、スツルムが寝台から足を下ろした瞬間、力が入らずその場に座り込んでしまう。床に張り付いたように足は動かず上手く立てなくて思い通りにならない四肢に舌打ちする。
「やっぱりあんまり動かない方がいいんじゃないかなあ〜ごめんね、無理させて」
頭上に落ちた声に面を上げれば、ドランクの顔がやけに近かった。足の裏が離れる浮遊感。気づけばドランクの腕の中に戻っている。
「お風呂行きたかったんでしょ? 一緒に入ろっか」
「下ろせ! なんでお前と……!」
「もお、危ないから暴れないでよ〜落ちて怪我したら困るのはスツルム殿だよ」
諭すように言われて、動きを止める。スツルムよりずっと高い目線。普段なら容易に着地出来るだろうが今は体の自由が効かない。
抵抗を諦めたスツルムは大人しく連れられた浴室でドランクに身を任せるしかない。ドランクはスツルムを離す気はないようで聴覚の良いはずの耳は彼女の苦言をこと如く聞き入れず、膝の間で体を洗われる。
「ねぇねぇ、スツルム殿〜そのぉ、どうだった?」
「何がだ」
いいように扱われている苛立ちのまま荒い口調が溢れた。
「ほらあ、僕とするの、スツルム殿、機嫌悪いし何か、ダメだったのかなあって……」
「比べる相手もいないのにわかるわけないだろ」
お前と違って。という言葉は飲み込んだ。
「……だめ、じゃなかったらいいの」
硬い表情のスツルムとは対照的に嬉しそうに緩む顔が近づいて頰に唇があたる。
やけに機嫌の良いドランクがそのまま抱きついてくるのでもうこんな機会はないだろうと思った彼女は無言でその身を預けて、双眸をゆるりと伏せた。
おかしい、とスツルムの体躯を腕の中に拘束して眠っている男を一瞥して思っていた。あれきりのはずだったのにまた同じ夜が繰り返されている。果たして何度目だろうか。片手では足りないのでとうに数えるのは諦めていて、考えるのにも飽いている。
スツルムは昨夜も確かにやめろと言った。がドランクが悲しげに眉を下げ耳を萎びさせる姿を目にした途端に唇が上手く動かなくなる。そのまま抵抗はないに等しく寝台に転がっていた。腹立たしいくらいにこの感情は思い通りに御せない。
大体ドランクも何を考えているのだろうか。付き合っている恋人が他にもいるはずだ。数人相手にふらふらと落ち着かないし、ドランクが話題に出すことはなく詳しくは知らずともこの間も見知らぬ女と楽しげに会話している様を見かけている。
都合がいいからだろうか。スツルムなら大抵、一緒にいて、連絡を取る必要もなく、金だってかからない。さらに好意を笠に着せて、要求すれば通ると思われている。
実際、苛立たしいがスツルムは断れない。恋情に絆されるなんて馬鹿だ。怒りしか生まないので考えるのをやめた。元々細やかなことに頭を働かせるのは全くむいていない。今はとにかく、この囲いから抜け出さなければならないのだ。
ドランクは、起きるとスツルムを真綿で包むように甘やかそうとしてくるので鬱陶しい。抱き上げて風呂まで連れて行くだとか、食事をわざわざ運んでくるだとか、爪や髪の手入れに身支度まで整えてくる。
そういうのは他の女にでもやればいい。恋人じみた行為を受けてしまうと厭なものが溜まっていく。期待、のような何か。目を背けたい感情だ。風化したはずのそれがたまに擡げる。余計なものを思い出させないで欲しい。
重い腕を開いて、スツルムは浴室に向かう。汗を流して、軽装で部屋に戻ればドランクが下穿きだけ身につけて起き上がっていた。
「あ、スツルム殿〜、何処に行ったのかと思ったあ」
のしかかってくる体を押し返しながら顔を顰める。
「重い、離せ」
「今日、お休みなんだからもっとゆっくりすればいいのにぃ〜ね、ベッド戻ろ?」
体が浮く。非難が飛び出す前にドランクがスツルムを抱き上げていて、二人分の重さに寝台が軋んだ。膝の上で身じろいたが、巻きつく腕に逃げ場を奪われる。首元に埋められた頭から揺れる髪がくすぐったい。
「おい、いい加減にしろ。離せって言ってるだろ」
「だってぇ、せっかくのお休みだし、こうやってスツルム殿といちゃいちゃしたいな〜」
「あたしは別にしたくない。したいなら他の女のとこにいけ、鬱陶しい」
「もお、照れ隠しだからってそんなこと言わないでよ〜傷つくでしょ。いっつもそういうことばっかり言ってぇ〜スツルム殿しかいないってば」
よく回る唇である。こんな風にまるで唯一のように優しく囁くものだからいくらでも騙される人間がいるんだと思った。例外ではなく揺らぐ心音に苛立ちながらスツルムは、語を飲み込む。
面倒になったのである。固く結ばれたそれに慣れたようにくちづけを落として、好きだと呟いた唇で笑みを飾るドランクから視線を逸らす。
「ねぇねぇ、スツルム殿は僕のこと好き?」
答えずにいれば顔を寄せてしつこく喚くドランクに舌打ちする。
「…………お前、うるさい」
突き放すような口調なのにドランクの緩んだ表情は変わらない。見透かされているようで歯噛みする。こういったやり取りに慣れきっていて何枚も上手な相手に敵うはずがない。
近頃、好きだと告げてくる唇が同じものをスツルムに要求し始める。無意味に繰り返されるやり取りに辟易としていた。
そんな言葉いくらでも言われてるくせに今更、スツルムから新たに欲しがるものでまないだろう。大体、彼女の気持ちなんてわかり切っているはずだ。馬鹿みたいに露わな態度に自身でも腹が立つ。
「ねえ、言ってよぉ〜スツルム殿ったら恥ずかしがり屋なんだからあ」
会話を寸断すべく溜息で返せば首に小さな痛みが生じた。腿を手が滑る。あたっただけとは言い難い含みを持つ手つきに身じろくが、腰を囲う腕は力を強く込められていて拘束じみていた。
「おい」
スツルムの声が届いていないはずがないのにドランクは行いを引っ込める気はないようだ。
「しよ?」
スツルムを覗くドランクは誂えたような笑みだった。さっきまでの機嫌の良さが途端、塗り変わっている。ドランクが何を考えているのかわからなくなるのは、よくあることだ。
ただ不安定に揺らぐ瞳は、言葉を詰まらせる。黙り込むのは異論を捨てたのと同義だ。
押し付けられる敷布が冷たい。
触れる手つきはすこし性急だった。
ここまでして今更嫌だと逃げるつもりなんてないのにドランクは手首を抑えたまま離そうとしない。
熱を押し込むとき、ドランクは切なげに瞳を細める。自身の甘い声色は厭で思い通りにならない身体を晒したくなくてそれほど行為を好いているわけでもないけれどそれだけは嫌いじゃなかった。
「スツルム殿は……」
揺らぐ意識の中、ドランクは何か口にする。
「……やっぱりいいや」
重ねられる唇は、熱く最後の理性も溶かしていった。
客を呼ぶ声が四方から響き、彼女たちが足を進める市場は賑やいでいた。人の往来も多く、スツルムは時折、視界が遮られる。
そのエルーンは隣を歩きながら先ほどからずっとちらちらとスツルムを伺っていた。
不意に伸ばされた手に思わず剣が閃く。
「いったぁ! えぇ〜なんで、僕刺されたの!?」
「お前が不審な動きするからだろ」
「手、繋ごうと思っただけなのにひどいよぉ、スツルム殿〜」
「はあ? お前、あたしが迷子にでもなるとでも思ってるのか?」
「そうじゃなくてぇ、せっかくのデートだし、手、繋ぎたいなあって〜」
「何がデートだ。お前が昼食を奢るって言うからついてきたんだ」
まだ何か言葉を吐き出し続けているドランクを背に足を早める。
屋台が並ぶ市場には香ばしい匂いで溢れていた。
食べ物だけではなく、装飾や服も店が出ている。ドランク曰くこの島では頻繁に屋台が連なるらしい。一人で行けばいいものの何故か一緒に行きたいと騒ぐドランクを横目に無言を貫いていたが奢りの一言に反応してしまった。そこを突かれて、口車に乗せられスツルムは休日をここで消費することが確定した。どこか釈然としない。
奢りだと言うなら早速彼女は目についた串焼きを数本、注文する。甘い香りのするタレが伝いそうになる前に口に含んで噛み締める。
「美味しい? スツルム殿」
「まあ……悪くない」
頬を膨らませて咀嚼するスツルムを何が楽しいのかドランクは機嫌良く眺めている。
「あっちに肉巻きも売ってたよぉ〜食べる?」
「ん」
口に物を入れたまま頷くとドランクが屋台に向かい、注文する。
品を二つほど手に返ってきたドランクが隣にそのまま歩きながら彼女は食べ物を消費して、半分ほど腹に収まった頃、ふと並んでいた歩みが止まる。
「あ、スツルム殿、ちょっと待って〜」
ドランクが吸い寄せられた先には煌びやかな装飾品が置かれ卓上を彩っていた。首飾りに腕輪、中でも指輪が特に多い。
「……お前、いっぱい持ってるだろ」
「いくつあっても困らないの、魔力を込めておいたらいざというとき役に立つし」
ドランクは幾つか物色して青い宝石がはめ込まれた指輪を一つ買う。
「お客さんたち、良かったら本店にも来てくださいね、これ良かったら」
渡されたチラシにドランクは目を落とす。装飾に興味の持てないスツルムは残っている肉を口に放り込んで腹の具合を確認した。まだ満腹には程遠い。
「指輪の専門店なんだってぇ〜滞在中時間があったらいこうかなあ」
ふと沈黙が訪れた。不審に見上げる。常に無意味に言葉を連ねているものだからどうもドランクが唇を閉ざすと気味が悪い。
「……ね、ねえスツルム殿は、そのぉ、結婚とか、したい?」
「はあ? いきなり何の話だ」
「……ほらあ、結婚したい相手に指輪を送る風習があってね……左の薬指に夫婦でおんなじ指輪をつけるの。ここもそういうの取り扱ってるみたいだし……」
「ふーん」
「あんまり興味なさそうだねえ〜
スツルム殿は、家族、いいなぁとか思わない……?」
そう口にするドランクが一番それを欲しがっている気がした。そんなにも焦がれるならふらふら遊んでいないで誰か一人にしぼればいいのだ。候補なんていくらでもいるようだしドランクが真っ当な付き合いをすればすぐにでも相手が見つかりそうだ。勝手にすればいい。
何となく、この相棒という関係性は変わらない気がしたから、それで充分だと思った。思いたかった。
「……別にあたしはどうでもいい。お前がしたければすればいいだろ」
「えぇ、ほ、ほんと!?」
頰が紅潮して金色の瞳が輝くのが綺麗だった。それほどにドランクはそれが欲しいのだ。見惚れてだけど何故か指先が冷えていくようにも感じ、スツルムは拳を緩く握り込んだ。
その日は久しぶりにドランクと食事を共にしていた。慌ただしくスツルムの元から仕事だと向かったのは一か月ほど前だろうか。二人で行動しないのは別段珍しくもないがドランクがひとり向かうのは、趣味の遺跡巡りが多く仕事に行くのは稀に思えたのですこし首を傾げたものだ。
その男は変わりない笑みを飾り、聞いてもいない近況を勝手に報告しはじめる。耳の右から左に聞き流していれば到着した酒と料理が卓に並んだ。
「はい、スツルム殿、乾杯〜」
ドランクが合わせてくる杯が氷と共に涼しげな音を響かせる。
「スツルム殿は、最近どうだった?」
「別に。いつも通りだ」
酒を煽る。喉元を過ぎる感覚が心地よかった。取り分けられた皿からつまみを頬張る。相変わらず隣の男は笑顔だ。否、会ってからずっとそうだ。いつもその面は緩んでいるが今夜はやけに機嫌が良くて、浮かれているようなそんな風に思えた。また新しく恋人でも増えたのだろうか。つい肉ごと串を噛み切る。その様を見ていたドランクは呑気に危ないよ〜だなんて言って、彼女の顔を覗きこむ。唇に指。こじ開けようとするのをやめろと退けた。
「スツルム殿ったらそんなにお腹空いてたの? 他にも頼もっか」
店員を呼ぶドランクを横目に伺う。離れている間に落ち着くのではないだろうかと思っていたがあまりにも浅はかな考えであった。それはどうも悪化している。無意識で姿を追うくらいに。
「スツルム殿ぉ、僕の顔、なにかついてる〜?」
「……別に」
「まあ、スツルム殿にはついてるけどね〜」
頰に触れた指が食べかすをすくい口元に運ばれていく。
思わず手にしかけた柄を引っ込める。食事中であった。
「っお前、やめろ……!」
「スツルム殿ったら、真っ赤〜可愛い」
五回は刺す。心に決めて食事を再開する。
ドランクの軽口により刺す回数が増えていく中、腹が満たされて酒ばかり口に運んでいたスツルムは、一度杯を置いて、遠くに視線を飛ばした。
先ほど手洗いに立ったドランクが帰ってこない。さほど酒を飲んでいたようには見えなかったが何処かで体調を崩しているのだろうか。席を立ったスツルムは、ドランクが向かった方向へ歩みを進め、手洗い場の角を超える。そこでよく耳にする声に足を止めた。
体が密着している男女の一方はドランクだった。
絡み合うように交錯している指が見えた。
優しく指を解いてドランクは微笑する。スツルムにも見せるようなその笑みがいやに焼きつく。
近づいても内容までは聞こえない。だけど恋人のように寄り添う様に心臓の軋みは想像よりも大きい。誰に対しても同じだなんてわかっていたはずだ。
なんでもないようになんてスツルムには到底出来るはずもなく、しかし、ただの相棒でしかないドランクに怒りをぶつけるのも不当であるとわかっている。
「あ、ごめんね、スツルム殿、今戻るから……」
「別に戻らなくていい。先に会計してるから後で返せ」
面倒を滲ませて吐き捨てる。放っておかれて怒っているだけ。そんな風に聞こえればいいと思った。名前を呼ばれた気がしたが彼女は歩みを緩めない。
店を出て暗い夜道出て一人で歩いていれば、足音が後ろからかすかに聞こえた。耳が覚えている。から自然と速度が上がった。これ以上余計なものを晒したくないのだ。
「スツルム殿! 待って!」
声が背にあたるままスツルムは歩みを進める。だがどれだけ足を早めても追いつかれるのは時間の問題だった。とうとう掴まれた腕に振り返る。
「スツルム殿、違うからね! ちゃんと断ったけど中々離してくれなくて……」
「あたしに言い訳なんてしなくていい。別に行きたいなら行けばいいだろ」
ドランクがいつものように目線を合わせてくる。けれど双眸を重ねる気もしなくて足元に冷えた音が落ちた。顎に指がかかる。それで促されたりしない。スツルムは強情だった。
「……そういうの言わないでって言ったでしょ。恋人に他の女の子勧められて嬉しいと思う?」
「……恋人? 誰が」
「スツルム殿しかいないでしょ! え、もしかしてスツルム殿、僕のこと恋人だと思ってないの」
ようやく上げられた彼女の心底、怪訝そうな表情を目にしたのだろう。苦くその唇が歪められた。
「……そっかあ、なんか変だと思ってたけど」
今度はドランクの瞳が伏せられる。長い睫毛が揺れた。
「…僕は、スツルム殿と最期まで一緒にいたいよ。スツルム殿もおんなじだと思ってたけど僕の勘違いだったんだね」
左手に掌が触れた。鈍く光る銀色の装飾が彼女の手に落ちる。
「……これ、売っちゃっていいよ。いらないでしょう」
穏やかに笑って腰を上げるドランクは、あまりにも変わらない。帰ろうなんてなんでもないように言うものだから、スツルムは息苦しくなる。掌の指輪を思わず撫でた。
ドランクと呼べばマントが擦れる。屈んでまた瞳を合わせてくれることにほっとした。
足を踏み出して近づく。羞恥が胸を焦がす。真っ向から見ていられなくなった。
「……っ、お前のことを恋人、なんて思ったことはないがっ……!」
顔が熱い。胸ぐらを掴んだ。近づく顔を抱き込む。鼻をぶつける音。自身の歯が軋んだ。
「…………きだ」
無様にも掠れた、がちゃんと聞こえたはずだ。おずおずと回された腕がスツルムを引き寄せる。頭を撫でれば耳がぺたんと倒れた。
「……これ、仕事以外のときならつけてもいい」
左の薬指にはめ込んだ指輪を見たドランクが指先にくちづけてあまりにも幸せそうに笑うものだから、湧き上がる気恥ずかしさをいつものように剣を振るって誤魔化すことなんて出来るはずがなかった。
おまけ
薄暗い室内で金色の瞳はよく映えた。それがゆるりと彼女を射抜く。
「……ね、ねえ、スツルム殿」
腿にくちづけていた男は、顔をあげて投げ出されている手を掴んで絡める。彼女の手は小さくて指は交錯せずドランクの手の中に収まってしまう。愛おしげに撫でる指先が薬指に光る銀色の装飾に触れた。
「指輪もらってくれたってことは僕と家族になってくれるってことだよね」
割り込ませた身体。押し付けられる熱に半ば意識を取られながらもスツルムは唇を開く。
「……お前が他の女と別れたらな」
「えぇ〜! 他の女の子って何!? 僕スツルム殿以外にいないってずっと言ってるよね!?」
「はあ? 嘘だな、五、六人くらいいるんだろ」
「いないってぇ〜五、六人って僕、どれだけ信用ない……あ」
ドランクの服の釦を外していたスツルムの手が止まる。
「いやあ、ほらあ若いときならあったかなあ、なんてぇ〜」
「……お前、っあ……!」
不意に両腿を掴まれて中を圧迫する感覚に息が詰まる。
「でも、ほんとに昔の話だからさ……」
経路を広げて快楽を撒き散らしながらそれは奥にあたる。押し付けられたまま擦り付ける動きに涙が滲んだ。
「んっ……あっ、信用、できるか……!」
荒い吐息と寝台の軋みが響く。胸に触れる五指がゆるりと肌に食い込んだ。
「……ひどいなあ、スツルム殿以外ほんとにいないのにぃ……」
突き上げられて、腰が跳ねた。ドランクが何か言っているが激しく何度も穿たれて、声を抑えるので必死で何も頭は理解してくれない。
形が分かるほどに締めつけて、視界が眩む。縋るよう四肢をドランクの体に絡みつかせて、全身を襲う快感をやり過ごす。
「イっちゃった? ごめん、もうちょっと頑張って」
「やっ…!」
切羽詰まった声色が耳に届いた瞬間、未だ硬い先端が壁を抉る。達したばかりの身体には強すぎる刺激に、堪らず落涙した。旋毛に落ちる唇は好きと囁いてから甘く名前を呼んで熱い吐息をこぼした。
後日、よろず屋に今までの素行調査を頼んでスツルムの説得に成功する。しかし、すでに時効である事柄については軽蔑じみた冷たい視線が突き刺さったのである。
2020年8月3日