スツルム殿が大好きなドランク
題名のまんまの話
半ば覚醒したドランクは腕の中にある生温い感触に惹かれ顔を寄せる。鼻腔をくすぐる好んだ香りを肺に取り込みながら目蓋を上げれば、丁度、彼女の胸元に顔を埋めていたことに気づいた。赤い痕がやけに目につくが、残したのは当然ドランク以外の何者でもない。気絶するように眠ってしまったスツルムを思い出して、焦燥が沸いた。歯による裂傷は多数。心音はある。ほっとした。興奮すると甘噛み程度で済まなくなる。魔法で傷を治しながら、殊勝な気持ちになるがドランクの反省が活かされたことがない。当然、目覚めたスツルムには冷え冷えとした瞳で睨まれ、数日は口もきいて貰えなくなることもあるが、駄目なのだ。彼女を前にすると簡単に自我は本能に敗北し好き勝手暴走し始める。
スツルムが可愛いすぎる。ただそれだけの端的な理由であった。あまりに可愛いくて毎回、理性が飛んでいる。好きな子として自制が効かなくなるなんて思ってもみなかったが気がつけばこの有様だ。
今もその寝顔が可愛くて可愛いくて、うっとりしてしまう。スツルムを目の前にすれば脳内はいつも桃色に満たされて幸せになる。髪をすくって、頬を撫でれば小さく眉根を彼女は寄せる。心臓がどきどきした。眠っている様をずっと眺めていたい。が瞳を明かしてドランクを見てほしい。二つの願望で心が揺れた。
格好の良い彼女に惹かれて、だけど可愛い彼女も好きだ。何をしていても格好いいし可愛い。気づけば視線はずっと彼女を追っている。恋人になって余計悪化した。重症である。
髪の毛をすいたり、額にくちづけたりしてスツルムの目蓋が上がるのを待っていれば、ふと彼女が身動いた。
赤い瞳がドランクを写し込む。数度瞬いて、半身を起こし、眉間に皺を刻んだ彼女は身体の軋みにも気づいたのだろう。
「……ドランク」
血の底から響くような声であった。しかし、彼女に名前を呼ばれたという事実にいち早くその声を取り入れたくて耳はぴんと立ち上がり、口元はだらしなく緩んでいく。
「なあに、スツルム殿ぉ〜!」
「……お前、っ」
掠れた音が咳に変わった。寝台の傍にある小さな卓上の水差しからコップに注いで彼女に渡す。勢いよくスツルムの咥内に消えていく水が口端を濡らしていた。袖口でそれを拭いながらコップを受け取って、卓上に戻す。
「あんまりおっきな声出しちゃだめだよぉ〜喉痛めてるんだから……」
「だれのせいで……」
「僕のせいだね、ごめんねぇ……
ねえねえ、何か食べたいものある? あ、それともお風呂入る? 一緒に……いったあ!」
いつのまにか手にしている剣でつつかれた。素肌は痛い。悶絶しているドランクを横目にスツルムは、掛布に潜り込む。白い塊の隙間から角だけが覗いていた。ドランクはひたすら言葉を並べたてたが、彼女からの返答はない。いつもの光景には違いなく、しかし、段々と不安になった。とうとう愛想を尽かされただとか。怒らせる自覚があるのに懲りないのだから自分勝手なものだ。理解しながらもつい唇からは湿っぽい声色がついて出てしまった。
「……スツルム殿、僕のこと嫌いになっちゃった?」
沈黙にどんどん耳が萎びる。もぞり、と目前の塊が動く。赤い瞳が呆れたような鬱陶しそうな、そんな風にドランクを見ていた。
「……肉。いいやつ……」
「うん…うん! 買ってくるから一緒にご飯食べようね〜!」
現金なことに勢いよく動き出す耳に倣うようにドランクは慌ただしく身支度を整えて、彼女と食卓を囲う楽しみを噛み締めながら部屋を出る。口いっぱいに好物を頬張る姿が可愛いのを当然、知らぬわけがなく、鼻歌混じりに歩みを早めるのだった。
2020年7月10日