誰か夢だと言って

誰か夢だと言って

 

スツルム殿と夢で同衾する夢を見て落ち着かなくなるドランクの話


  肌に刻んだ赤、がやけに視界の中、映えた。羞恥を必死で抑え込んでいるのだろう。唇を這わせる度にくぐもった嬌声が耳朶を打つ。
小さな四肢が縋るようにドランクの体躯に絡みつく。可愛い。
「っ…ドランク」
掠れた音で呼ばれる名がひどく心地よかった。だってこれはずっとほしくて、だけど手に入らないもので。

 思わず飛び起きて、安堵した。右側の寝台に彼女の眠っている姿はあって、当然、服も身につけている。同じく自身も少し汗ばんだ寝着をちゃんと着ていた。大抵、ドランクより先に起きて日課の鍛錬をしているスツルムが目覚めていないのならまだ随分と早い時間帯だろう。だが到底、もう一度、眠る気にはならなかった。
 脳裏を蘇ってくる夢を想起して背筋を嫌な汗が伝う。恋人でも何でもない、ただの相棒を組み敷いている夢を見るのは懸想を抱いてしまってから初めてだった。感情ですら理性で御せるつもりであったから動揺がいつまでも治らない。
 綺麗な羨望だけを抱いている、だなんて必死に自分を誤魔化すのはもう無理だとわかりきっていた。美しかったそれは過去の産物で色んな物が混じり合ってひどく醜い感情に成り果てている。結果あんな夢を見る。最悪だった。
 それを彼女には絶対に知られたくはなかったので見た不遜な夢は奥底に仕舞い込んでドランクはいつも通り笑って余計なことを口にして刺されて、日常を装っているつもりだった。慣れていることだ。相棒としか思っていないだろうスツルム相手にずっと隠していたのだから、今更難しいことではないはずだ。ただ、すこし望んでしまうような夢を見てしまったから、緩んでいたのかもしれない。何時もよりずっと彼女を視線で追っている。たまに怪訝そうに見られるくらいには。そして付き合いの長い彼女が不調に気づかぬわけもなく、見逃してくれるわけもなかった。
「おい、ドランク、お前、体調でも悪いのか?」
「えぇ〜別に大丈夫だよ〜?」
「嘘つけ。いつもの数倍気持ち悪いぞ、その作り笑顔」
「そうかなぁ、スツルム殿の気のせいだよ」
 固まりかけた笑みをゆるりと深める。暴かれたくない隠し事。きっと彼女は察してくれるから放って置いてくれる。案の定、スツルムは無理をするなよとだけ言って話を切り上げる。その後ろ姿をただかっこいいとだけ思えればよかったのに変質した感情ではもう違う何かが混ざってしまった。欲を灯した視線で彼女を見てる人間が大嫌いだったのにそんな輩となんら変わらなくて、自身の醜悪さが厭になる。
歩みを進める。隣に追いついた。足取りは軽いつもりだった。だって横を歩けるだけで充分なのだから。

 日が沈んで随分経っただろう。隣の寝台で彼女は眠っている。そっと寝台を抜け出したドランクは彼女を起こさないよう静かに部屋を出るつもりだった。
「……何処に行くつもりだ」
「あ、ごめんね、スツルム殿、起こしちゃって……」
「それで何処に行くんだ?」
花街、とはすんなり口から出てくれない。
彼女に惹かれてからは他では食指が動かなくなってしまったので一度も行っていないのだが現状そうも言ってられなくなった。中身だけでも処理すべきである。あんな夢を見てしまった自分、全く信用出来ない。出来るわけがない。
「……ほらぁ、僕だって男の子なわけじゃないですか…だから〜ねっ?」
「……ぁあ、そうか、悪かったな、引き止めて」
逸らされた瞳がひどく冷たかった気がした。うまく笑えただろうか。踵を返す。扉の前に立ち。
「……やっぱり酔ってただけか」
何処か諦念混じりに呟くよう落ちた音に伸ばした手を止めた。生憎、耳はいい。しっかり拾ってしまった言葉に振り返る。
無表情にも思える面はけれどなにか違う。ずっと見ていた。些細な表情の変化でも分かる。ならそんな顔をさせたのは誰だ。一人しかいない。どうして。酔って。いつ。酔ったのは、少し前のことで。
 あの日は、彼女と二人で飲んでいた。宿に戻った記憶はないが目覚めた時、寝台の上だったから泥酔したドランクをスツルムが引きずってきてくれたんだと思っていた。スツルムが朝、起きてすでにいないのは珍しいことではないけれど。ただ肌寒さに身震いしたのだ。部屋に戻ってきた彼女に早く服を着ろと投げつけられたのを覚えている。
「……なんだ? さっさと行け」
「……僕、酔ってスツルム殿に何か、した?」
必死に思い出そうとしても一片も記憶に引っかからない。だが、明らか瞳を揺らして動じるスツルムに確信して、絶望する。
「……ごめんね、嫌だったんじゃ……」
「別に、気にするな。大したことじゃない。お前に怪我させても困る」
「大したことだよ。スツルム殿、優しすぎない? ぼこぼこにして止めてよかったのに」
「……っそんなのできるわけ」
失言したとばかりに歯噛みする様にどきりとした。
その彼女の反応に期待している。そうだったらと考えてしまっただけで、救われてしまっている。だからつい欲張った。
「もしかして、スツルム殿、僕のこと……好き、なの?」
「な、別に好きじゃない……! お前なんか……!」
スツルムは一瞬、口籠る。
「……、好きじゃない」
「……スツルム殿が僕を好きじゃなくても」
屈んで視線を交わす。赤い瞳は今も凛として、彼女を成り立たせる。とても綺麗だと思うのだ。
もしかすると彼女は隠し通したいのかもしれない。
だけど、ここまで露わにさせてしまって、何もなかったかのように振る舞いたくないと思ってしまった。
「僕はスツルム殿のこと好きだよ」
すこし見開かれた双眸はしかし、釣り上がりドランクを睨め付ける。襟ぐりを掴まれ、握られた拳が目に入った。
「……っおまえ、他の女のところにいくくせによくそんなこと……」
「待って! 殴ってもいいから! ね! ちょっとだけ弁明させて、お願い、スツルム殿!」
下げられた腕に、安堵する。
「あの、ですね、そのぉ、変なというか、スツルム殿に色々しちゃう夢をみちゃって……」
「……現実でしておいて何を今更」
「そ、そうだけど、僕、覚えてないし、我慢出来なくなって何かスツルム殿にしちゃったらと思うとさ……君に嫌われたくないよ、スツルム殿」
掴まれたままの襟ぐりが引かれた。数発くらい殴られる覚悟はしているので甘んじて受け入れるつもりでしかし、衝撃はいつまでもこない。代わりに香る彼女の匂いと温もりに頭を抱きこまれていることに気付いた。
「……お前の言い分、きいてやる」
「え、え、ほんと? じゃ、じゃあ僕たち恋人ってこと?」
「……な、なんでそうなる、調子にのるな! お前なんか、別に好きじゃ……!」
「じゃあ僕のこと嫌い?」
問いかけておいて、その二文字が例え照れ隠しであろうと彼女の唇から吐き出されれば、ひどく堪えることに遅れて気づく。悔いても一度出した語が返るわけでもなく身を削られる思いで沈黙に耐えるしかない。
「っ、き、嫌い……ではない」
そう答えた彼女の顔はあまりにも赤く、いくら言葉を重ねたって誤魔化し切れるものでもないのがわかっているはずなのに何処までも頑なであることがおかしくて、可愛くてドランクは目前にある震える唇を思わず塞いでしまった。
唖然としてさらに染まる面を前にもう一度、好き、だと告げれば、彼女は唇を噛むばかりなので、ドランクはその体を抱き上げる。すぐ側の寝台に落とし込むのは簡単だった。
「……好きじゃないなら、今からすること止めてね、スツルム殿」
「っ……おまえ、卑怯だ……」
ドランクの服を掴む彼女の指はけれどゆっくり解かれ、力なく落ちていった。

 


2020年7月10日