傭兵二人、騎空艇にて
団長たちから見たスツルム殿とドランク
「あの二人付き合ってるのかな〜」
「とおってもなかよしさんですよね〜」
「だよね!? ルリアもそう思う?」
二人がきゃあきゃあ騒ぎながら先ほどまで艇にいた傭兵について会話しているのを見て、何か用事を必死に思い出そうとした。しかし、いつも複数に分かれたいと思うほど忙しいはずの身は今日に限ってあまりに自由であった。
「お兄ちゃんはどう思う? お兄ちゃんの方が詳しいでしょ、あたしより一緒にいるんだし」
こちらに水を向けられて、ぎくりとした。別段、後ろめたいことがあるわけではないが視線が泳ぐ。
「……さあ、本人たちに聞いたらどうかな?」
「もうとっくに聞いたって! 違うって言われたけど距離が近すぎるよね〜歩くときとかあんなに側で歩かなくてもいいし、体くっつけながら話してるんだよ」
妹の言い分がわからぬことはない。時折、手伝いに来てくれる二人の傭兵は確かに仲が良い。余計な言動を振り撒いてちくちく刺されているドランクはいつも楽しそうでスツルムだって本当に嫌なら相手にすらしないだろう。
入り込めない何かを感じさせるが、しかし、共に否定するのも確かで。
ただ何となく深入りしない方がいいのは知っている。
奇しくもこの話題が出る二日前のことだ。丁度、仕事を頼みたいと思っていたとき、今、艇を停泊させている島に二人がいるのを知った。さすがに契約もせず口約束とはいかないから団員の一人に伝言を頼んだものの体が空かない。
あまり夜分遅くに尋ねるのも悪いかと思ったが、時間に余裕がなく、日が暮れて随分後での訪問となった。
扉の外から呼びかけて、しかし返事はない。
まだ就寝時刻ではないだろうがもしかしたら食事で外出している可能性はある。すこし待っていようかと腰を下ろそうとして開く扉に動きを止めた。
「ごめんねぇ〜お風呂入ってたら出るの遅くなっちゃった〜」
眉を下げて現れるドランクは、急いで出てきたのだろう、エルーンらしい所々空いている軽装で肩にかけたタオルで髪を拭いていた。
「こっちこそすみません。来るのが遅くなってしまって。早速依頼の話なんですけど、あ、スツルムさんは……?」
「ううんとねぇ、スツルム殿はちょっと調子が悪いから出てこれないかなあ、ごめんねぇ」
「え!? 大丈夫ですか? よかったらお医者さん呼んできますよ」
「いいよ、いいよ、ありがと〜スツルム殿頑丈だから明日には元気になってるよ〜でも寝てるから悪いけどここで聞くね〜
まあ、君の依頼なら多分スツルム殿も断らないだろうし、その期間はほかにお仕事もないからさ〜」
促されて概要を話し始める。といってもいつも仕事が被らない限り受けてくれる二人にとっては形だけのようなものである。数分で済んだやりとりに今日のもう一つの目的を思い出した。
「あ、それとこれ渡して置いてもらえますか?」
綺麗に飾られた小さな包みを渡す。本当は本人に直接渡さなければならないが体調が悪い中、出てこられないだろう。
「…スツルム殿にプレゼント?」
「えっとまあ、そんなものです」
視線を逸らした。嘘をつくのはあまり得意でない。
妹が行くはずであった買い物に代わりに行った。道案内しか頼まれていなかった自身はスツルムの目的がよくわからなかったがどうやらドランクへ渡すものを探していたらしい。ただ受注品だったようで先に島を出るスツルムに引き取りを頼まれたわけだ。それを後で渡されるドランクに預けるのもどうかと思うが仕事の依頼は一月は先で今渡せるなら渡して置いた方がいいだろう。
「…スツルム殿、喜ぶと思うよ」
声色は優しいけれどもなんだか目を、見ない方がいい気がした。視線を伏せたままそうですね、だとか曖昧に返事をする。
「じゃあ一か月後よろしくねぇ〜」
いつもの間延びした口調に感じた悪寒は気のせいだったと思うことにした。にこやかに手を振るドランクにようやく面を上げて笑みを返す。
不意にその肩からタオルが滑り落ちた。
それを拾うためにドランクが屈む。
空いている背中が見えた。いつも着込んでいるので覗く白い肌が珍しいと思う。しかしそれよりも別のものが嫌でも目をひいた。髪の合間から下、背に刻まれた真新しい傷、が戦闘でついたものかそうでないかくらいわかる。恐らく傷を負って幾分も経っていないのだろう。赤く生々しい小さな小さな線がいくつも見えてしまった。まるで爪痕、のようなそれ。
見られていることに気づいたのかもしれない。傷を掌で覆って、ゆるりと金色の瞳が細められた。
「猫をちょっと構いすぎたら、引っかかれちゃったんだぁ〜可愛い声で鳴くからついついやりすぎちゃって」
「猫に」
「うん、猫に」
恐らく違うだろうけど追求する気はない。わざとらしすぎる。そんなんじゃないと叫びたかったが贈り物を決めた時のスツルムは、あの普段硬い表情かは読み取れるほど随分と機嫌が良さそうだったので飲み込んだ。
踵を返す。あの金色の瞳が背後から突き刺さっているようにも錯覚した。
今日、遠目でドランクのピアスが増えているのを見たので誤解は解けたのだろう。けれどもあまり近寄らない方がいいに決まっている。直感的にそう思った。馬には蹴られたくないので。
妹に忠告すべきだろうか。遠くかは眺めているくらいにしておいた方がいい、と。
手に収まるほどの小さな包みを受け取ったドランクは思案していた。あまり見ていたいものでもないのでポケットに早々しまったが本心では彼女の目に触れる前に処分してしまいたいくらいだった。しかしいくらなんでもこの程度で大人気ない。年端もいかない少年相手に心が狭すぎる。
先ほど、彼女が根を上げるまでずっと仲良くしていたわけで、惚けたスツルムから滅多に言われない好きだ、なんて言葉に舞い上がっていたくらいなので向けられるその感情に何の疑いも持たないのだが、それはそれ、噛み砕きにくい黒々とした嫉妬をどうしても持て余す。
スツルムもあんな子供を誑かさないでほしい。彼女は恰好いいから仕方ないけれど。
少年が懸想している可能性は否定出来ないが歳の割にしっかりしているので単純に何かのお礼でもおかしくない。しかしこの包装は有名な装飾品の店でドランクもよく知っていた。スツルムのことだ、貰ったものを無碍にはしないだろうから必然的にドランクは他の男からの飾りをつけた彼女を常に見なければならなくなる。それはなんだか面白くない。視界にちらつくたびにドランクは悋気と戦わなければならなくなるだろう。
想像に表情が消えた。
「……ドランク、誰だったんだ?」
不意にかけられたかすれ気味の声色にドランクはいつものような微笑を飾り、自身のものである大きめのシャツを羽織る彼女に視線を合わせるためすこし屈む。彼女のよく顔の見えるこの位置が好きだ。そのせいでマントの裾はぼろぼろだけれど。
「もぉ〜スツルム殿、だめじゃない、ベッドからでちゃあ」
「っおい! 離せっ!」
抱き上げれば手足をばたつかせ逃げようとするが未だ気怠さが残っているのだろう、抵抗はすぐに収まる。寝台まで運んでそのまま彼女を膝の上で横に抱えながら縁に座った。スツルムは、諦めたのか気力がないのか大人しくドランクに身を預け、耳を傾ける。
「ほらぁ、伝言があったでしょ〜お仕事の話を団長さんがしにきたんだよ」
「ああ、そういえばそうだったな……」
「受けたけど大丈夫だよねぇ〜?」
前髪に触れて軽く口付けると鬱陶しそうに睨まれた。
「別に構わない。あそこの騎空団で何か問題が起こることもないだろ」
赤い髪の毛を梳いては指を通して、往復。薄ら濡れていてその冷たさが気持ちいい。
「……なんだ、さっきから」
「ああいうことした後、いちゃいちゃしたくならない?」
「ならない。あんまりべたべたするな。鬱陶しい」
「つれないなあ〜お風呂まで一緒に入ったのにぃ〜」
「あれはお前がっ!」
叫んで咳き込むスツルムにごめんごめんと繰り返して宥める。あんまりからかいすぎると触らせてもらえなくなるのである程度で引き下がらなければならない。何発か拳を振るわれたが彼女は膝から下りる様子はないのでそれで怒りは鎮火されたらしくほっとする。もうすこし、触れていたい。
耳を指でなぞる。小さな金属音。
「これ、ずっとつけてくれてるの嬉しいなあ」
「……貰い物をそんな簡単に捨てるわけないだろ」
「……スツルム殿はそうだよねぇ〜」
ならばこのポケットに入っている贈り物も大切にされるだろう。
つけて欲しくない、だとか我儘を言えば叶えてくれそうな気がしたけれどそんな子供っぽい真似も蟠る醜い想いもあまり彼女に晒したくない。
諦念にポケットに手を入れる。
「そういえばこれ団長さんからだよ〜スツルム殿にって」
包みを渡す。彼女は緩慢な動作でそれを一瞥し、再びドランクに押し付ける。開けろということだろうか。
あまり気が進まない中、包みを開くとやはり入っていたの装飾品であった。紅い石のピアスに彼女の色だと思う。それが並ぶのが想像以上に厭で笑みが崩れそうになる。
「……つけた方がいいよねぇ〜?」
他の男からの贈り物をつけてあげるなんて馬鹿みたいだ。だけどドランクはいつもみたいに可愛いよって笑わなければならない。
「……気が進まないなら別にいい」
「……そんなことないよぉ〜似合うと思うし」
見透かされたようでどきりとする。誤魔化しに心にもない言葉を重ねれば、引ったくるように奪われる。
「……もういい、離せ、寝る」
硬い音は有無を言わせない。緩めた腕からスツルムは抜け出して一人寝台に潜り込む。もそもそとドランクも隣に横たわったが背中を向けられて空いた一人分が寒々しい。
「……いらないならはっきり言え、ばか」
掛布でくぐもっていたがたしかに聞こえた。耳はいいので。
距離を詰めて顔を覗く。眉間に皺。
「……え、もしかしてそれ、僕のだったりする?」
「………お前以外ここに誰がいる」
「そりゃあ僕しかいないけど、それ団長さんからスツルム殿へのプレゼントじゃないのぉ〜!?」
「何を言ってるんだ、お前は。引き取ってきてもらっただけだ」
「え、え? じゃあ、本当に僕の!?」
「お前に渡しただろ! 気に入らないみたいだしもういいだろ、喚くな、あたしは寝るんだ、うるさい」
「やだやだぁ〜僕のでしょ〜ちょうだい〜!」
彼女の体を後ろからまさぐれば悲鳴が上がった。なんだか柔らかいとこに触れた気もするが不可抗力だ。
「おいっ!やめろ!」
「あ! あったぁ〜」
取り返されぬ内にドランクは手早く耳に飾る。振り返って真っ赤な顔で睨め付けるスツルムにすねを蹴られて痛いがその程度、我慢出来ないわけがない。嬉しさでとっくに相殺されている。
「……いらないんじゃなかったのか、お前、変だっただろ」
「ううん、いいの。全部勘違いだったからぁ〜ごめんねぇ〜スツルム殿大好き〜」
その体躯を腕で囲って密着すれば逃げ出そうと身じろく彼女の口を塞ぐ。好き勝手蹂躙して、唇を舐めれば彼女はあまり上手でないのですぐ酸欠でぐったりしていた。涙目で睨まれたってなんにも怖くない。ずっと下手くそのままでいい。
「これ僕がこのお店、話してたからでしょ? つれないけどちゃあんと話聞いててくれてるんだよねぇ〜」
「……うるさい、だまれ」
「やだあ、だまらないぃ〜好き、スツルム殿〜」
隙間なく胸元に抱きしめる。彼女はもう抵抗しない。面倒になったのだろう。頭を撫でる。耳、に唇を寄せればさすがにはたかれた。
「ねぇねぇ、スツルム殿にもおんなじの買ってきていいかなぁ? 蒼いの、つけてほしいなぁ〜」
返事はない。けれど否定ははっきりと彼女は口にすることを知っているのでドランクは大きく耳を振ってその紅を煌めかせた。
「……お邪魔しまーす」
おずおずと入った部屋は至る所に入りきらず山になった本が積み上がっていた。迷路のように散らかった部屋である。本を手にしている彼女は続きを借りにきたのだが部屋の主人はいない。団長さんたちの艇だし勝手に入っていいよ〜とドランクはグランサイファー個室に鍵もかけていないのだが、さすがに気が引けて、不在の時に入るような真似は今まで控えていた。しかし、昨日借りた本の続きがあまりにも気になってしまい、とうとう足を踏み入れてしまったのである。目的の本を探してさっさと退散しようと考えて辺りを見渡す。
乱雑に置かれているようで一応同じ系統のもので纏められているらしく目当ての本はあっさりと見つかった。本の山を超えて、奥の棚に辿りついた彼女は、その一冊を取り出す。しかし、戻ろうとして、落ちていた本に足を取られ体が傾いた。
「わ、……!」
思わず近くのものに手を伸ばし、失態を悟った。本が積み上がった出来た塔は彼女の体を支えきれず倒壊をまねく。
幸いにも崩れた本に当たることはなかったが、どうやら道が埋まり閉じ込められてしまったらしい。
丸腰ではないので恐らく武器を振るえば出られるだろうが確実に目前の塊は真っ二つになる。人の本を破損させるわけにもいかない。兄とあの二人は先日から一緒に仕事しているはずなのでいつも通りの日程であればそのうち部屋には戻ってくるだろう。ドランクなら魔法で本を浮かせられるだろうし、今、力尽くで脱出することもない。彼女は座り込んで彼らの帰るまでの時間を過ごすことにした。丁度、読みたい本は手にあり、暇を潰す道具は周りにいくらでもあったので、退屈せずに彼女は、扉の開く音を待つことが出来た。
「散らかっててごめんね、スツルム殿〜」
「……お前、わかってるなら片付けろ、これ寝るところはあるのか」
「寝台周りと書きものをするところくらいは片付けてるよ〜」
「それで、地図は何処にあるんだ? 場所わかってるんだろうな」
「だいじょーぶ、ちゃあんと把握してるから〜確か地図はこっちで……」
会話を耳に彼女は顔を上げる。二人は本の山を挟んである長椅子に座ったようで恐らく声を張れば気づいてくれるだろう。助けを求めようとして、ふと思った。この二人結局、どういう関係なのだろうか。
兄に聞いても言葉を濁すばかりだし、程々にしろとまで苦言を吐かれている。けれどすこしくらい息を潜めて、二人きりの会話を聞くくらいはいいだろう。普段とは違う様子が窺えるかもしれない。好奇心に開きかけた唇を閉ざして彼女は、傭兵二人に悟られぬよう気配を消し再び腰を下ろす。
「えっとぉ、今ここだから、このあたりで下ろして貰ったら次の依頼に行くのが楽なんじゃない?」
「ああ、そうだな、確か通り道だと言っていた」
「じゃあ団長さんに後で頼んでおくね〜」
どうやら次の行き先相談しているらしく、そろそろ艇を二人は降りるようだ。並んでいるのを見て、あれこれルリアと騒ぐのが楽しみでもあるので少々残念である。その後も特に甘い会話があるわけでもなく、淡々と仕事についての相談が続くだけだ。やはりただ距離の近いだけなのだろうか。そう思っていた矢先であった。
「あ、そうそう、スツルム殿、これ……」
「……お前、本当に買ってきたのか」
「言ったでしょ〜つけてくれるんだよねぇ?」
「……一つしか空いてないぞ、こっちを外すのか」
「もう一つあけよぉよ〜、ねえねえ前みたいに開けてあげよっか?」
「い、いい! 自分でやる」
「大丈夫? スツルム殿、開けるならこの辺だよ?
あんまり前の穴の近くに開けちゃダメだよ? できる?」
「……っ、お前、ちか……っ!」
ふと沈黙が訪れる。
不可解な間に気になって仕方がないが本の隙間は小さすぎて何も見えない。しばらくして、どさりと何かが倒れ込む。
「………おい、ドランク」
「だいじょーぶだいじょーぶ、ちゃあんと鍵かけてるしぃ〜」
「……そういうことじゃ……っ!」
衣擦れと共に何か留め具が外れるような音が響いた。本の壁を挟んだ先で行われていることに不埒な考えが過ぎ、声が漏れるわけでもないのに、口元を思わず手で覆った。まさか、そんな、という思いが拭えないがどうしても空想する。
「……ね、今日頑張ったご褒美ちょうだい、スツルム殿」
それに返答はない。
けれどスツルムの悪態はすこしずつ形を潜めて、声色が変わる。押し殺したようにくぐもっていてもその音は甘くいつもと違う気がしてどきりとする。
「……っ、そこ、噛むな」
「ごめんね〜痛かった? 痕ついちゃったかなあ〜?」
全く悪びれる様子のない声は随分愉しげだった。浅い息遣いはどちらのものだろうか。
「……やっ……ドランク……」
もう確定的である。
さすがにこのまま聞き耳を立てて今後、平常心を持って顔を合わせられる気がしない。これ以上の盗み聞きを暴かれたらスツルムはなんだかんだで許してくれそうだがドランクが怖い。
心中で謝罪して彼女は、剣を振るった。
ばらばらと四散した本が紙を吐き出し撒き散らす。
開いた視界の先でスツルムは上半身がはだけてあられもない格好でドランクに組み敷かれている。あまりに想像通りで逸らすべきだとわかっていながらもつい凝視する。無駄に視力がいいので、肌についたばかりの生々しい痕まで見てしまった。
音を聴いて反射的に剣を握ったスツルムはそれでも呆然としていたが、ドランクは完全に状況を察していた。抱き起こしたその体をマントで覆って腕の中に隠す。
「ご、ごめんね! 邪魔して……! その、閉じ込められちゃってて……聞くつもりは…ないこともないけど……」
ようやく理解に至ったらしい彼女の顔は真っ赤に染まっていく。
「じゃ、じゃあね! 今日はこの周辺には近づかないから!」
熱い頰を抱え慌てて部屋から飛び出した。やっぱり仲良しだった、思っていたよりも。
大変気まずいので二人の見送りは遠目であったがドランクの頰が赤く腫れていたので非常に居た堪れなくなった。弁償した本の値段もこの話も兄には内緒である。
「スツルム殿ぉ〜、気持ちよかったぁ?」
「……ぁ」
快楽に震える四肢が力なく敷布に落ちた。名残惜し気に締めつけるそこから引き抜く。絡む精液はどちらのものかわからない。
惚けた顔でドランクを見る瞳に口づける。すこし塩辛くて涙を溜めてドランクを睨んでいた姿を思い出す。気持ちいいのを必死に耐えるスツルムは可愛いくて、ついやりすぎる。
下半身に熱が集まりそうになって、汗を含んで張り付いた彼女の短い前髪を梳いた。広いおでこがよく見える。可愛い。唇を落とすと眉が寄る。
「ね、もう一回する?」
「……っおまえ、いい加減にしろ」
押し退ける手は力が入らないのか弱々しい。思わず口元が緩む。だってスツルムがこんな姿を晒すのはドランクだけだ。
「じゃあお風呂一緒に入ろ? 動けないでしょ〜?」
「……誰のせいで、っさわるな……」
「えぇ〜たまには、一緒にはいろよぉ〜」
「……っ」
先ほどまで含ませていた箇所にゆるゆると擦り付ける。ドランクが吐き出した白が溢れて入り口から奥まで濡れているそこは、何もせずとも再び受け入れるのは簡単だろう。
「……それともぉ〜スツルム殿は、もう一回したいのぉ? 僕、頑張っちゃうよ〜」
「……おまえ、あとで覚えてろ」
舌打ちして緩く腕を首に絡ませたスツルムを機嫌良く抱き上げて、浴室に向かう。
風呂を沸かしている間に軽く湯を浴びて、石鹸を泡立てた。ドランクは無意味に唇を開いているがスツルムから返答はない。今にも落ちそうな目蓋。眠いのだろう。それでも長い沈黙は怒られているようで厭なので適当に言葉を紡ぐ。
「……そのまま目、瞑っててね」
小さく縦に振られた頭に指を当てた。スツルムの短い髪はすぐに洗い終えてしまう。角のある頭に触れさせるのは全幅の信頼を抱かれているようでドランクはスツルムの髪を洗うのが好きだった。丁寧に泡を取り除き、爪痕のある自分の体は軽く湯で流す程度に留める。痛みにスツルムが必死に縋り付いてきたのを思い出して、唇が笑みを模った。
彼女の体にある覚えのない歯形は、最中に恐らく理性が飛んだまま噛んだのだろう。惜しむ気持ちがないわけでもないが、ごめんね、と口にして、ヒールをかける。肌にある赤い色は艶やかに咲いて、表面的な怪我でもないせいか魔法では消えない。ドランクがそれを知らないはずはなかった。
上半身を洗って下へ手を滑らせていく。すこしだけ期待したいので掻き出さず湯で流すだけだ。いつもスツルムは何も言わない。
泡を流して丁度、湯が溜まった浴槽へ一緒に浸かる。名前を呼ぶと薄目を開けた彼女が寝るとだけ呟くのでおやすみと返した。柔らかな体を抱きながら肩まで沈むぬるめの湯が心地よかった。
風呂から上がる頃スツルムは完全に寝入ってしまった。体を拭いて寝台に連れて行く。ドランクの服を纏わせた彼女の体は余計小さく見えた。腕の中で眠る彼女の髪を拭きながらその顔を眺める。
部屋の扉が叩かれるのはその数分後のことである。
2020年6月29日