蝶の羽ばたきに惑う
魔物の粉がスツルム殿に……媚薬的なアレの(私的)テンプレ話。R-18
スツルムの様子がどうにもおかしいことに気づいたのは、依頼であった森林での魔物狩りの後であった。元々彼女の口数は少ないが、さすがに始終無言ではなく、ドランクがあまりしつこく会話を要求しなければ答えてくれる。しかし、今、その唇はドランクが何を言おうと閉ざされたままで返事すら要領を得ず曖昧だ。顔は頬紅をさしたよりも赤く、足取りも重い。横にきつく引かれた口からは時折、浅い吐息が溢れていた。すこしの不調であれば、我慢強い彼女である故、気づかせないくらいなのにこれほどなのはひどく体調を崩していることは間違いない。ドランクは報酬を慌ただしく受け取るや否や、近くの宿に駆け込んだ。スツルムも傭兵は体が資本であるのを重々理解しているのか、それとも相当辛いのか、大人しく付いてくる。
取った一部屋に入って、張り詰めていた気力が切れたのだろう。防具を投げ出すように外し、スツルムは寝台に倒れ込んで体を丸める。
「スツルム殿、大丈夫〜? お医者さん、呼んできた方がいい?」
「……いい、ねたら、なおる」
それっきり微動もしないスツルムに不安が募るが、魔法では体の病魔までは取り除けない。
すこしでも楽になればと宿屋の主人にタオルと冷水を用意して貰ったドランクは静かに部屋に戻って、彼女の傍らに腰を下ろす、
「スツルム殿、だいじょ……スツルム殿!?」
「…う、…あ、……」
何かを耐えるように敷布に爪を立てる彼女の顔は先ほどよりさらに赤に染まり、瞳は熱っぽく潤んでいる。
思わず額に手を伸ばし、触れた瞬間、スツルムの唇からまるで情交の最中に聞くかのようなひどく高い音が溢れた。
「え、」
「や、あ…、……」
彼女の体躯が小さく跳ねる。
無意識か擦り合わされた腿に液体が伝っていた。それを追うように視線を動かし、足の付け根が色づき染みになっている様にドランクは慌てて目を逸らす。
「ス、スツルム殿、これ、病気じゃなくて」
「わかってる……さっき魔物にへんな鱗粉をくらったから……」
そういえば大きな蝶のような魔物とスツルムは対峙していた。催淫効果のある粉を撒くものがいると聞いたことがある。徐々に悪化しているところをみると遅効性なのだろう。数分前より苦しげな様子はしかし、艶やかでもありドランクは、視線の在りどころに惑う。薬師あたりに診てもらうのが最善なのだろう。だがこんな姿の彼女を他の人間に晒さなけはればならないのだろうか。嫌だ。誰にも見せたくない。
しかし抱く独占欲は、苦しそうな彼女を前には殺さなければならない欲求だった。
「…………ドランク」
葛藤している中、普段より幾分か甘い声で名前を呼ばれどきりとした。水だろうか。彼女は近づいたドランクの袖口を掴む。スツルムは一瞬、続く言葉を止め、しかし、指に力を込めて震える唇を開く。
「…………しろ」
「え、えぇ〜!?」
「……なんだ、その反応は。い、いつもしたがるじゃないか」
「そ、そうだけどぉ〜」
若いときほどではないが健全な男なので好きな子が傍にいて触れることを赦されているならそれなりに手を出したくもなる。傭兵という職業上、警戒心は強いスツルムだがどうもドランクには無防備なのでふとした瞬間に煽られるのだ。
だが意識も混濁しているようなこんな状態の彼女を抱くのは公平ではないだろう。
躊躇うドランクの腕をスツルムが強く引く。均衡を崩しスツルムに覆いかぶさる形に心臓が大きく跳ねた。深く息を吐き、赤い目元でドランクを見上げるスツルムに奥歯が鳴る。
「っドランク……」
苦しさを隠さず請うように呼ばれて、ドランクはおずおずと手を伸ばす。
彼女とは初めてではないはずでけれどひどく緊張していた。
胸元の留め具を外して、膨らみに直に触れれば、大きく半身が跳ねる。その先端を唇で撫でながらもう一方を指先で摘んで強く引っ張るだけでスツルムはか細い悲鳴を上げながら達してしまう。熱い体の何処に触れてもスツルムは、敏感に反応して甘い声色で応える。耐えるよう下がる眉とだらしなく開いた唇。
まずいと思った。
「……は、っあ、ドランクっ、はやく」
普段のスツルムなら恐らく口にしない催促に、理性がぐらついた。それを必死に繋ぎ止める。大事な子にひどいことなんてひとつだってしたくなくて、彼女に触れるのをいつも加減しているのにふとすれば、その箍が外れそうだ。
息を一つついて、交錯したベルトと共に下履きを腿までずらす。露わになったそこは充分すぎるほど濡れていて、そのままでも容易に入るだろう。しかし、広げてもいない中に含ませたら大きく体格差がある彼女の体に負担がかかるかもしれない。いつも、不安で過剰なくらいに前戯を施してから挿入するのだ。
沸騰しそうな頭を落ち着かせたくて、余計なほど緩慢な動作で自身の指輪と手袋を外してから、脚を割り開く。
入り口を探って指を沈ませたが、変わらず小さくて狭い。少しでも広げようと動かす度にきつく指を締め付けて、中がうねる。
「ひ、やあ、あ、あっあ、ぁ」
泣き声混じりの悲鳴をスツルムから初めてきいた。
大抵、スツルムは恥ずかしさに声を抑えるのだけど気に留める余裕すらないようだ。ぐちぐちと水音を響かせる度に発せられる耳を溶かすかのような嬌声に下腹部が痛い。ズボンの前をくつろげさせながら、含ませた指の数を増やして、かき混ぜる。
「あ、っあぁ……ドランクっ、もう、…いいからぁ……!」
「……だめだよ、もうちょっとしな…うわっ!」
首に腕が回る。傾ぐ半身はスツルムに誘われ、顔が近づく。重なる唇は一瞬だ。しかし、ドランクの理性を焦がすには充分だった。
「っはやくしろ……」
泣き出しそうな面が眼前にあった。
唇を噛み切る。痛みと咥内に満ちる鉄の味に意識を保つ。熱に浮かされたかのように頭は明瞭とは言い難くしかし、まだ、大丈夫だと思った。
「……ん、わかった、入れるね、スツルム殿」
努めて優しい声色で告げる。きっと彼女には聴こえていないだろうけれどもいつもと同じように振る舞わなければ平常でいられない気がしたのだ。
宛てがった先端をゆっくり沈めながら剥き出しの皮膚に口付けを落とすのはいつもならスツルムのためで、だが、今はドランクが他のことで気を紛らわせてすこしでも自我を保ちたかったのだ。狭いそこは普段以上にきつくドランクのものを締め付け末端まで支配しようとする快楽に全て含ませるのを躊躇わせる。ただでさえ全部収まるとは思えなくて、彼女との行為の際は根元まで埋め込まず一定で留めているくらいだ。強引に路を開いて奥の奥まで侵したい欲求がないわけではないが小さなそこを広げる痛みを与えてしまうのが怖かった。ドランクがすこし耐えればいいのだ。彼女のためにそれを厭う気持ちは微塵もない。
そう思ってしかし、絡みついた四肢が強く腰を引き寄せる。
「あ……! スツルム殿ッ……だめ……!」
今まで到達したことのないような場所まで咥えられて最奥に当たる。その衝撃に甘い声で啼いて、意識を飛ばしたせいか、彼女の膣内は余計、ドランクを締め付ける。
全身を駆け巡る強すぎる快感に視界が明滅する。堪らず眼前の体をかき抱いた。痙攣する中に促されるまま吐き出して、ドランクは倒れ込むよう敷布に額をつける。一度抜こうとしてけれど背に交錯した彼女の脚は、離れようとはしない。
「……ん、っ、スツルム殿、一回、抜く…っ……!? 」
スツルムが自分で快楽を欲して腰を振っていた。ひどく扇情的な光景は、取り戻しかけていた冷静さをいとも簡単に奪い去る。
惚けた顔で柔らかな壁に擦りつける動きに自身のが張り詰めていくのがわかった。
「……あっ、ぁ、ドランク、ドランク……」
焦がれるように名を呼ばれたのが残った理性を粉砕した。
細い腰を掴んで突き上げる。甲高い悲鳴を耳にそのままドランクの肌と彼女の下生えが触れるほど深く根元まで強引に沈めて、あたる肉壁を何度も穿つ。揺れる乳房を乱暴に揉みしだきながら揺さぶれば一層締め付けは強まり興奮を煽る。
「や、あっ、あっ、あぁ……!」
きっとドランクより強い快楽に晒されているスツルムが何度も達しているとわかっているのに止められない。贖罪のように重ねた唇も激しさに呑まれて、ただ陶然とさせる享楽だけが残った。
ドランクは覚醒してくる意識に重い目蓋を明かし隣を見た。小さな寝息を零しながら、眠る彼女に安堵する。
掛布から覗く半身は、鬱血痕と歯形が散らばって、元よりある消えない傷とそう変わらない数を残していた。露出の多い彼女の服では隠れないだろう。そこに思考を割く余裕すらなかった。刺されるくらいで済むだろうか。寝起きゆえの何処か不明瞭な頭でぼんやりしていれば現れた瞳が合う。
「スツルム殿、えっと……体、大丈夫?」
額に手を伸ばし、しかし、触れる寸前で叩かれる。
「わ、悪い」
スツルムは掠れた声でそう言って背を向ける。ドランクは数秒、痛くもないのに払われた掌を無意味に眺めていた。彼女は恥ずかしがり屋だからなんて慰めを脳内で繰り返し言い聞かせていたが、一向に暗澹とした感情は拭いきれない。
途中、完全に理性が飛んでいたので普段なら要求しないようなことをさせてしまった自覚はある。上に乗って貰ったりだとか、舐めさせたり、咥えさせたりだとか、入れたまま抜かずに何回もだとか。体にも情交のひどい跡を残してしまっている。
嫌われた、だろうか。考えてしまっただけで心臓が厭な軋みを上げ始めたのでドランクは、誰が見ているわけでもないのに笑みを取り繕って必死に唇を動かす。
「僕、替えの服とか買ってくるね〜スツルム殿は寝てた方がいいよ、ごめんね、体、辛いでしょ〜?」
返事を待つことなく寝台から落ちた服を身につけて、足早にドランクは部屋を出る。
汗臭いが身なりを気にしている場合でなかった。帰ってきたら空室で、なんて想像が消えず、恐々としながら扉を開けて、硬直する。彼女がいた寝台は空白で血の気がひいた。動けずにいれば、微かな水音で我に返る。よく確認すれば荷物もあった。考えればスツルムは風呂にいるとわかるはずなのにどうも冷静でいられない。鼓動が煩いくらいの心臓をすこし落ち着かせてドランクは浴室に向かう。
「スツルム殿、服買ってきたよぉ〜ここに置いておくね〜」
水を打ちつける音に混じるよう返事が聞こえた。適当に見繕った服を置いて踵を返した瞬間、小さな悲鳴にドランクは慌てて浴室に飛び込む。
立ち上がる時、脚に上手く力が入らなかったのだろう。床にぺたりと座り込んだスツルムは、入ってきたドランクを見上げ、目を剥く。
「大丈夫、スツルム殿? 怪我してない?」
「だ、大丈夫だから、こっちにくるな!」
「え、でもぉ、スツルム殿、立てないんじゃ……」
体を隠すように己に腕を回すスツルムは、抱き起こそうとしたドランクから後ずさる。
「っ触るな……一人で立てる」
体の自由すら利かないのにそれでも逃げるのはドランクを避けたいようにも思えて、あんなに饒舌なはずの唇でも上手く言葉が出てこない。剣呑な眼差しが突き刺さる中、突っ立っているわけにもいかず曖昧に微笑を飾って部屋に戻る。幾分かあとに出てきたスツルムは億劫そうに寝台に腰掛け、のろのろと髪を拭いていた。近づけば、その肩が震えたことに心肝が冷えた。
「あ、スツルム殿〜ご飯買ってこようか〜? お腹空いたでしょう?」
努めて明るい口調で問いかけ、顔を覗き込む。けれど視線は合わず、無言で首を振られた。ドランクと面すら合わせたくないのだろうか、なんて邪推し、背けられた体に胸が軋む。一人分の距離を空けて、ドランクは横に座った。
「えっとぉ、スツルム殿、怒ってる、よねぇ?」
「……別に怒ってない、あたしがミスしたせいであんなことになったんだから」
それっきり唇を閉ざした彼女は緩慢な動作で膝を抱える。沈黙は嫌だ。だが何を言えばいいのかわからない。ドランク、と呼ばれて面を向ける。
「……お前、他の女と付き合った方がいいんじゃないか」
一瞬、脳が言葉を拒絶した。数秒の後、嫌でも理解して、上手く呼吸が出来ない。
「…………それ、別れようって言ってるの?」
答えは返らない。それは頷かれているようで恐怖する。どうすれば彼女を手の内にとどめておけるだろうか。やけに冷静な頭が計算を始める。その間、唇は無意味に言葉を吐き出そうとしていた。
「やだよ、スツルム殿。ね、そんなこと言わないでよ……もう触られたくなかったらしないから……別れるのは……」
「……そうじゃない、……いつも我慢させてるくらいなら他の女のとこに行った方がいいだろ」
そこまで言われてようやくドランクは彼女に厭われているわけではないとわかった。むしろ充分なくらい愛されているのではないだろうか。幾つかの不穏な考えをすっかり忘れたドランクは、笑顔で優しく言った。
「いいの、スツルム殿のために好きでしてるんだよ」
距離を埋めた。手を伸ばし、だが躊躇う。
「……あんまり振り払われたりすると僕ってば繊細なんで傷つくんですが……」
「……あれは……昨日の思い出すから……別にお前が嫌なわけじゃ……」
ドランクの服を掴み俯く彼女との隙間を潰す。今度は逃げられない。腕の中でみるみる赤くなっていく頰が可愛くてそこにくちづける。ドランクの視線から逸れるよう胸に顔は埋められ、服へ立てられた指に力が込もる。
「……べつにもっと、……すきにしたっていいのに……」
本当に小さな声でそれは落ちた。ドランクに都合の良すぎる囁きに幻聴を疑い、けれど確かめずにはいられない。
「……スツルム殿ぉ、僕の耳がいいのわかってるよねぇ?」
「わかってて言ってるんだ! 聞こえないふりしろ!」
「痛い、痛い! スツルム殿、お肉、一緒に掴んでるよぉ〜」
ドランクの悲鳴に力は緩められる。ドラフの怪力で肉を千切られそうになるのは剣で刺された時より痛かった。
涙目のドランクの視界に突然、飛び込んでくるのは彼女の赤い瞳で例え一瞬でも柔らかな感触は確かに自身の唇へと重ねられた。滅多にくれないくちづけにあまりにも呆然としていたドランクは彼女の唇が恋情を音もなく形どっていたことに気づかなかったのである。
2020年6月3日