とある耳に関する見解

とある耳に関する見解

ドランクの耳の動きで何となく考えがわかるスツルム殿が知らない動きを不思議に思う話。※R-18


ドランクの、耳、が存外よく動いていることに気づいたのは、いつ頃だっただろうか。十数年の付き合いとなれば明確な時期は覚えていないが、傍らに居るのが当然になり、顔をよく見るようになってからかもしれない。
どうやら感情に添っているらしいそれは、今も食事をするスツルムの目線の先で揃いの飾りと共にゆっくり揺れている。機嫌がいいだとか楽しいだとかそういう気分なのだろう。卓上いっぱいに並べられた皿はほぼ彼女の分で、普段から食事量の少ないドランクはすでに食べ終わっている。そのドランクは一方的に話しながらスツルムを眺めているようだ。人の食事風景を見て耳を振っているのだから、一体、何がいいのか甚だ疑問ではある。
 この耳の様子、分かりやすいのもあるが、時折、観察しているせいで大体の当たりがつくようになってしまった。どうやらスツルム以外の前ではぴくりとも動かないようだ。傭兵が感情を垂れ流しでは困るが彼女だけに心が緩んでいるのは悪い気はしない。
「スツルム殿〜、昨日あれだけ働いたんだから、今日はお仕事お休みだよねぇ〜デートしよ〜よ、デート!」
「……何を言っている。今日は買い出しだろ」
「え〜ちょっとくらいいいでしょ~、まあ恋人が一緒に出かけるならデートみたいなものだけどさぁ〜」
 咀嚼するスツルムとは別方向によく回る唇でドランクは妄言を吐き続けている。否定はしないが、いつまでも続く無味な話の相手をする気はない。大体、恋人、だとか、明確なやり取りがあったわけではなく、いつの間にかそういうことになっていたのだ。
 ドランクから手を出してきたのを拒否する理由もなかったので一度、相手にしたのだけど次の日、スツルム殿と恋人、嬉しいなぁなんて、耳を大きく振りまくって言われたのである。別段不快ではない。が今更、相応の振る舞いに変えるのは無理だろう。いらぬことまで想起し薄ら熱い頰で思う。
「ほらいくぞ」
「え、いつの間に……もう食べたの!?」
「お前がわけのわからんことを言っている間にな」
会計を払って、店を出る。追いかけてくるドランクの耳は相変わらずご機嫌だ。何がそんなに楽しいのだろうか。
 デート、デートと繰り返しながら伸ばされた手は、はたき落として、尻を刺した。未だ嬉しそうなのが解せない。道中、手ぐらい繋ぎたいなぁなんて恨めしげに延々と言われるのを無視しながら向かった市場は、人で溢れていた。
「はぐれたら面倒だ、お前は食料買いに行け、あとはあたしが買ってくる。あっちに噴水があっただろ、そこで落ち合えばいい」
「えぇ〜!? 一人で買い物なんて、なあんにも面白くないよぉ〜ねぇねぇやっぱり手、繋ごうよ、はぐれなくてすむよ、スツルム殿〜」
「まだそんな馬鹿なこと言ってるのか……いいからさっさと買いにいけ、二時間後でいいな」
刺している時間も惜しい。唇を尖らせたドランクを置いて人混みに紛れたスツルムは、切れている消耗品を探して市を歩く。一度来た街である為、必要な店の見当は付いているが、人の多さに阻まれ、中々目的地までたどり着けない。
ようやく揃えて向かった指定の場所にドランクの姿は見当たらない。同じように人込みに時間を食われているのだろう。
しかし時間をとうに過ぎても現れず、ドランクのことだ、食材を買いに行くだけではなく、何処か不必要な店で油を売っている姿が想像についた。別に趣味に時間を割くなとは言わないが没頭して以前、数時間も放置されたことのある身としては苛立ちが募っていく。
「あ、ごめんねぇ~スツルム殿~」
「遅い!」
「いったあ! 理由くらい聞いてくれてもいいでしょ~」
「どうせ、装飾品だとか本だとか見ていたんだろ」
「さっすがスツルム殿~僕のことよくわかっいった!!」
ぺたんと伏せられる耳を横目に剣を戻したスツルムは歩き出す。呆れて怒る気も失せた。
その内、聴き慣れた追いすがる足音はすぐに同じ速さになる。左、空いている手。不意に絡んだ指に横を見上げた。
「……おい」
「えへへ~ちょっとだけだから~」
片手は荷物で埋まっている。もう一方の、交錯するように合わさる掌に力を籠めても微笑を崩さないドランクはそう易々と離さないだろう。
「………あとで刺す」
それが肯定だと分からぬ関係でもないので、スツルムはひどく頬が熱かった。

 

 

 浴室から出た瞬間に感じる冷えた空気が心地よかった。昼間購入したのだろう、ドランクは長椅子で本を手に文字を追っている。
「ドランク、風呂、上がったぞ」
面を上げたドランクがスツルムを捉えた瞬間、動いた耳にすこし目を見張った。ドランクの耳が時折、妙な動きをしていることに気づいたのは最近である。そもそも耳からの感情は大抵、顔にも現れているのでわかりやすいのだが、どうもこの動きだけは喜怒哀楽、どれにも当てはまらず、何となく目についた。特に深く追求する気もないが、頻繁に見るようになっては、首を傾げたくなるものだ。
「スツルム殿、相変わらずはやいねぇ……せっかく浴槽があるんだからゆっくりしてくればいいのに……」
「お前が長すぎるだけだ」
買い物後に少し日課の鍛錬をしたくらいだ。ドランクのように毎日、長々、身綺麗にする必要性も感じない。一体、何をそんなにすることがあるのだろうか。過去一度、何気なく口にしたら、耳をばたばたさせながら一緒には入る?入る?と迫ってきてしつこかったので二度と聞く気はないが。
「色々することあるでしょ〜」
「汗が流せれば充分だ」
そうかなあなんて間延びした返事をして、背を向けたドランクの耳はもう動いていない。すこしだけどんな表情をしているか気になったが、わざわざ回りこんで確認するほどのことではないだろう。
髪を軽く拭いて、寝台に向かう。ドランクが長風呂から上がる頃には大体、スツルムは眠っていることが多く今夜もさっさと布団に入るつもりで敷布に座って、ふと剣の調子が気になった。さほど時間をかけるつもりはなく、しかし、随分、作業に没頭していたらしい。扉の開く音に釣られて視線を向ければ、髪を乾かしているドランクと双眸がかち合った。風呂から上がってきたなら恐らく一時間は経過している。案の定、視線を向けた壁時計は針が一周以上していた。
「あれえ、スツルム殿、まだ起きてたの〜?」
「ああ、剣を研いでいた。もう寝る」
剣を鞘に収めていれば、隣にドランクが腰を下ろしたのだろう、寝台が軋む。石鹸の香り、は同じだ。何か話があるのかと思ったがドランクは唇を開かない。体が触れそうなほどすぐ傍。スツルムが何も言わずとも、いつもドランクは何か話し続けているのでほんの僅かな沈黙すら珍しく、落ち着かなくなった。
 寝入ろうかと顔を上げた先、存外近くにドランクの面があった。金の瞳に映り込むのは一瞬で唇を生温い感触が塞いだ。思わず瞼を下して、身じろく。
「ん……っ…」
頬に触れていた掌が髪を梳いた。
角度を変えて何度も繰り返される口づけは長く、息苦しい。
「……っしつこい!」
「いっ! ひどいよぉ、スツルム殿〜 刺さなくてもいいじゃない……」
「うるさい、殺す気か」
「スツルム殿が下手なんだよぉ~ちゃんと鼻で息しないから~ってやめて、剣抜かないで」
大げさに体躯を退くドランクを一瞥し、傍らに鞘を置いた。酸欠に呼吸を整えていれば、視線を感じる。見上げて、しかし、重なったはずの瞳は逸らされる。怪訝に眉を寄せ、ふと耳に目がいく。
また変な動きだ。気になる。誘われるよう手を伸ばし耳を引っ張る。少し濡れているけれど柔らかな感触だった。耳はまだ動いている。
「え、え、な、なに、スツルム殿……?」
「……お前、今なに考えているんだ?」
「な、何って……えっとぉ……」
視線を彷徨わせるドランクの唇はいつもよく回るくせに何故か歯切れが悪い。薄ら赤らむ面をじっと睨めつければ、諦めたように眉が下がった。
「…………こういうことだよ、スツルム殿」
不意に肩を押されて、体が傾ぐ。
冷えた寝台に沈んでもなお、状況を理解出来ず、その困ったような、笑っているような貌を呆然と仰いだ。頰に宛てがわれた掌は、風呂上がりにしてもやけに熱かった。そのまま首筋におりていく手先に息が喉元に詰まっていく。
じわりと認識が迫った。紅潮していく顔。歯噛みしても羞恥は消えない。
「……っこういうことって」
気づいて真っ向からドランクを見られなかった。その間にも腰に触れた手が服の隙間に滑りこみ直接、肌をなぞっていく。
「だめ、かなぁ~?」
嫌、だと一言告げれば、退くだろう。そういうやつだ。
「……もう、触ってるくせに訊くな」
「っそれっていいってこと!! ほんと? ほんとに?」
「……言わせるな、ばか!」
刺したくなったが、寸での所で手首を浚われる。軽く掴まれて、動けない。
「後で、刺していいから、ね?」
金色の瞳が細められて、どきりとした。
先ほどからゆるゆると肌を撫でていた掌が服をたくしあげる。露わになる胸に視線が突き刺さっている気がして、急速に羞恥がせり上がってくる。
「…………スツルム殿~そのぉ~ずっと思ってたんですけどぉ……」
「……何だ」
「………やっぱりいいです……僕にとっては眼福だし?」
「おい、気になるだろ、最後まで……ッ」
不意に膨らみを掴まれて、声が漏れそうになる。反射的に唇を食んだ。胸に食い込む指が形を変えていく度に、歯に加える力が強まって鈍痛が広がった。血が、出たかもしれない。唇を掠めていくドランクの舌がくすぐったくて眉を寄せる。
「声、我慢しないでよ、スツルム殿、唇、痛めちゃうよ~」
「っうるさい、ぁ……」
執拗に先端を触れられて、ぞわりと背筋を這いあがる感覚に襲われる。与えられる刺激が耐えがたく、胸元に沈む頭を縋るようかき抱く。唇にもう片方が含まれて、舌先が何度もそこをつついた。浅い吐息が肌を粟立たせ、頭を囲う腕にも力が入る。
「い、いつまでしてる」
「んん~だって、柔らかくて気持ちいいし」
硬くなった先端から唇を離したドランクはそのまま下へ下へと舌を這わせていく。
時折、感じる小さな痛みは覚えがあった。ちらりと伺えば、ドランクが唇で触れていた箇所に赤が付いていた。よく確認すれば一つや二つではない数が散っている。
「……っおい、痕付けるな」
「ここ、ぎりぎりみえないから大丈夫大丈夫」
そう言いながら、欝血痕を増やしていくドランクを刺したいが生憎、手元に剣はない。
何も大丈夫じゃない。他人からは見えないが、自身では見えるのだ。風呂場だとかで赤、が目に入る度に付けられた時のことを思い出して、羞恥で死にたくなる。それを言えば刻まれた痕を嬉しそうに舐めているこの男、面白がって余計付けてくるに決まっているので絶対口にしないが。
「……ドランク、やめろ」
髪を軽く掴めば渋々ドランクは退く。
「もうスツルム殿ったら恥ずかしがりやさんなんだから~」
「うるさい、もうしないぞ」
「わぁ! ごめんなさい! 余計なことしないから、ね、ね!」
「……さっさとしろ、ばか」
「はーい」
夜着を下着と一緒に脱がされて、冷たい外気にひやりとした。指が割れ目をなぞって、入口を探るように動く。ゆっくりと確かめるよう入りこんでくる指に敷布を握りしめた。
ただの異物感が徐々に別の感覚に塗り替わっていくのをつま先を丸めて、必死に逃がそうとしたが、強まっていくそれが消えることはない。
「……っあ、……う……や……」
「噛んじゃだめだって、スツルム殿」
唇を指の腹で撫でられて、声が零れそうになった。呆れたような貌に腹が立つが、さらに増やされた指が深く中を抉って睨むのさえ上手くいかない。触れられている部分が熱くて、心音がやけに近く聞こえる。
その間にも掻き回す動きに、得体のしれない感覚が広がっていて、自分のものとは思えない嬌声が否応にも零れ落ちた。それが耐えがたく首を左右に降る。
「……っ、も、ういい」
「だめだよ、ちゃんと慣らさないと。前、痛かったでしょう?」
痛いのはいい。普段から生傷が絶えないのだ、いくらでも耐えられる。事実、以前の時は痛みを我慢した記憶が大部分を占めていた。別に目の前の男が随分、幸せそうだったので構わない。
しかしこの這いあがってくる感覚は未知のもので厭だった。
「や、ドランク……!」
「もうちょっとだけ、ね」
指の根元まで押し込まれて、頭が真っ白になる。早鳴る鼓動に心臓が痛くて、無意味に唇を開閉させた。
「ひ、……や、っ、あっあ……!」
一瞬、明滅した視界を前に全身を快楽が走り抜ける。異物感が抜け出ていくのにも甘い痺れを感じドランクの名前を呼ぶ声が遠い。は、と短い呼吸を繰り返す。
固い何かが熱く疼くそこに触れた気がした。
「いれるね、スツルム殿」
その声をぼんやりと訊いて頷く。擦り付けられていたそれが先ほどの指とは比べものにならないくらいの質量で入口を割り開いて、中を圧迫した。根元まで深く咥え込んでいる様を見てしまい、頰へ集まってくる熱に慌てて視線を外す。
「大丈夫? 痛くない?」
「っ、……いたくない」
「じゃあ動くね」
「ぁ、ま……あっ……!」
痛みとはまるっきり違うそれ。ドランクが動く度に体中に蔓延していく感覚が思考を混濁させる。一度目はこんなものではなかったはずだ。痛いのをただ我慢して、満足そうなドランクを見られて、それで。
「ひ……!」
ゆるゆると引き抜かれたものが一気に突き立てられ思考は寸断される。
「や、まて、あっ…や………」
「痛くないんでしょう? 気持ちいい?」
「ちが……あ、あ、やぁ…っ…」
突かれる度に押し寄せる快感から逃げたくて、半身が退くのを腰を掴まれて戻される。
涙で滲み始めた視界に恍惚じみた表情のドランクが映った。
 激しくなる律動に快感が末端まで支配していくようで何も分からなくなる。
切羽詰まった声色で名前を呼ばれた気がした。意識を飛ばしたのは一瞬だったかもしれない。白い液体と共に抜け出ていくそれを敷布に爪を立てて耐えた。残った快楽に身を震わせ、呼吸を整えていればドランクが伸し掛かってくる。かける体重は調整されているだろうが苦しいことには変わりない。擦り寄るドランクは満面の笑みで大層、嬉しいのか耳が大きく揺れていた。
「スツルム殿、すっごく気持ちよさそうで可愛かったよぉ~」
「っ、うるさ、い……だまれ……」
機嫌よく額から唇に口づけてくるドランクを押しのけたいが、力が入らない。あまつさえ、未だに手は腹やら胸元を撫でてくる。
「いつまでさわって……」
耳に唇が触れた。緩く歯が立てられて肩が震える。
「ねえねえ、もういっかいしよ~スツルム殿」
「は、」
「だってえ、こんなのいっかいでおさまりがつかないよぉ~」
情欲に光る瞳が歪む。普段、飄々として掴みどころのない笑みばかり浮かべてる様とは随分と違い、獰猛ささえ覗く貌に心臓が跳ねた。しかし見惚れている場合ではない。
伸びてくる手に抵抗しようにも四肢が上手く機能してくれず、されるがままに体躯を俯せにさせられる。制止を告げる前に押し込まれる熱に息が詰まった。
「こっちの方がすき?」
「すきじゃ、な……あッ……!」
奥を穿たれて、目を見開く。先ほどより強い快楽に眩暈がした。
「スツルム殿は素直じゃないよね~そこが可愛いんだけど~あーもう、また噛んでるし」
唇をこじ開けて侵入する指に歯を立ててやろうかと思う。きっとそれを承知でいるのも分かっていて、けれど躊躇いが生じた。自分とは違う綺麗な手。
「ふふ、スツルム殿は、優しいなぁ~」
「うるさ、ッ、あ、や、あ……あっああ……っ!」
ぺらぺらと無意味に飛び出すドランクの言葉が自分の甘い声で消されていくのを霞がかった思考で聞いていた。

 

 

 耳、に触れるとぴくりと微動した。しかしまだ瞼は下がっていてその瞳が表れることはない。腹いせに頬も抓ったが効果はないようだ。
諦めて気怠い身を捩れば、腿を伝う不快感に眉を潜めた。風呂に入りたいが腰にしっかりと巻き付いた腕を外すのは中々骨が折れそうだ。
「……おい、起きろ」
声を張り上げたつもりだったが、存外掠れていた。原因は明白で刺したくなった。が剣は遠い。
「ドランク、起きろ。おい……!」
「んん~スツルム殿~?」
金色がスツルムを映す。意識がはっきりしないのかぼんやりしているドランクの耳を引っ張る。
「起きろって言ってるんだ。いい加減、離せ」
「ううん、もう少しスツルム殿もねよ~よぉ」
「一人で寝てろ、風呂にいく」
「まだ出るまで時間もあるし、あとでもいいでしょう〜」
「よくない、お前のせいだろ……こんな……」
思わず腿を擦り合わせる。未だ中に詰まっている感覚が気持ち悪く、すこし動いて零れる度に微かに感じてしまうのも恥ずかしくて厭だ。それをもう一回だけだからなんて虚言を吐きながら、散々注ぎ込んだドランクが知らぬわけでもなく、明らかに下方を注視している。せり上がってくる羞恥心に両眼に手を当てて遮った。
「おい、見るな……!」
「えぇ~昨日散々、見たんだから、今見たっていいでしょ~」
塞がれた瞳から手を退けようとするドランクとの攻防は決着が中々付かない。体が見えなければいいとばかり思っていたスツルムはけれど、そのせいで一糸纏わぬまま隙間なく密着しているのをすっかり忘れていた。
ふと見てしまったドランクの耳、の動きに全身が熱を帯びた。よく分からなかったのは昨日までだ。その動きが何なのか分かってしまったので、顔を真っ赤に染めたスツルムはありったけの力を籠めて、ドランクの腕の中から逃げ出した。


2020年4月20日