両()想い
二人とも片想い
息苦しさにドランクは眉を寄せながら目蓋を上げる。目前には赤い瞳が闇の中で浮かんでいた。いくら眠っていてもここまで接近される前に目覚めるのだけど彼女であれば別である。慣れすぎた気配は、上半身に馬乗りにされても気付かないほどだったようだ。
「す、スツルム殿?」
問いかけに返答はない。
スツルムが夜這い、なんてするはずがないのでただただ無言で見つめられているのはすこし肝が冷える。本当に彼女だろうか。何か得体の知れない魔物だとかそういうものだったら、なんて警戒しながらも、その吐息が酒気を帯びていることに納得した。
「もお、スツルム殿ったらどれだけお酒飲んだの〜? 大丈夫?」
きっと寝床を間違えているのだろう。スツルムがこれほど泥酔するのは初めてで暗闇でもわかるくらい真っ赤な顔が心配になる。
「えっとぉ……スツルム殿?」
ドランクの言葉に応える音はなく、ただ顔が近づいてくる。鼻先が触れるほどの距離で慌ててドランクはスツルムの体を押し留めた。唇が触れでもしたら大変である。ドランクには幸運でもスツルムがそうだとは限らない。
「……邪魔、どけろ、手」
「な、な、なに、どしたの、スツルム殿? ちょっと酔いすぎじゃ」
「酔ってない」
「酔ってるよぉ〜ここ、スツルム殿のベッドじゃないからね? ほら降りて〜ねっ?」
顔が離れていくことに安堵したのも束の間、服に手をかけて脱ぎ始めたスツルムに驚愕した。止める間も無く、豊かな胸元が眼前いっぱいに広がって、視線が否応にもなく結い付けられた。
好きな子である。素晴らしい眺めに嬉しくないわけがない。が間柄はただの相棒なのだ。熱を帯び始めた半身に焦燥が募る。酔っ払いでも手を出すのは良識的ではなくスツルム相手は刺すどころではなく殺される。命が助かってもコンビは解散されるだろう。近頃では達観して傍にいるだけでも満足している身としては最悪だ。
「す、スツルム殿ぉ!? 着替えるならあっちでね!? 見えてるよぉ〜!?」
体を起こし手を掴んで留めるがスツルムの力は強い。体格差があるとは言え力勝負になれば彼女とは同等だ。しかし酒が入っているせいか少々握力が緩んでいるらしい。なんとか彼女の手を退けることに成功した。素早く自分の服を彼女に着せて抱き上げる。なんだか柔らかい感触が当たった気がするけれど、それを喜んでいる間はない。酔っ払いは何をしでかすかわからないし、再び思慕を抱いている相手が肌を晒して迫ってくるのを平常でいられるほどの自信はドランクにはなかったのである。
隣の寝台に落としてドランクは部屋を出る。飛び出してから気づいたが半裸だ。こんな格好、どこにも行けないだろう。幸いなのは冬ではないことくらいでドランクは扉を背に彼女が寝入るのを耳を立てて待つことにした。
ドランクが出ていった扉を一瞥し、スツルムは冷たい寝台で膝を抱えた。細められた瞳は、正気を灯し、普段となんら変わらない。
当然だ、あの程度で酔うわけがない。今は熱くもない頰を強張らせ、歯噛みした。
ドランクは口も調子が良ければ顔も整っている。異性から好意を集めるはきっと容易いことでスツルムが隣にいようと大抵、声をかけられる。
昨日も例に漏れず、食事中、着飾った女性に誘われていた。それをにこにこと相手の気分を害しないように断っているのを無言で眺めているのはいつものことである。時折、ドランクの視線がスツルムに向いているようでしかし、気づかないふりをする。
一度、行けばいいと口出ししたことがある。同席している相方を置いていくのに気を遣っているだろうからそう言ったのにその瞬間、にこやかな表情が凍りついた。ドランクが傷ついたような、そんな気がしたからそれからはもう放っておくことにしている。
黙々と酒を煽っていたスツルムの前で話が終わる寸前、別れの挨拶か、唇が頰に触れた。
スツルムには嫉妬する資格も何もないので冷えた視線でその様を眺めていたけれど、ただすこしだけ羨ましかった。
素直にならないこの唇が恋情を語ることなんてないのだから一度くらい口付けしてみてもいいだろう。酒を飲んで迫ればきっと酔っ払いの奇行としか思われない。存外簡単だろうと思った行為はしかし叶わず苛立ちに羞恥を抑え込みながら服を脱いでみたが醜態を晒すだけだった。
額を膝につける。ぶかぶかの服からはドランクの匂いがした。
2020年5月14日