悋気
互いに嫉妬している話 R-18
あの日、上手くいかないことが多くて苛々していたのだ。そうでなければスツルムにとってあんな失態を演じることもなかった。
依頼の魔物は一匹逃すし、飛び出た枝にかすめた腕がずきずき痛む。天気はどんよりと曇り、湿った空気が纏わりついて気持ちが悪い。さらにドランクが待ち合わせに遅れてきて、スツルムの苛立ちは最高潮だった。当然、相棒の尻を一突きしたくらいではおさまらない。
遅刻の代償として、奢りの夕食を腹に収めて、ようやくすこし落ち着いたスツルムは、ふらりと姿を消したドランクを探していた。これ以上待たせるつもりならおいていくつもりでようやくその揺らいだ青い髪が目に入ったとき、ドランクは廊下で見知らぬ女を口説いていた。
今日は宿に帰らないつもりなのだろう。時折、ドランクは女を引っ掛けて朝まで帰ってこない。ただの同僚であるスツルムに咎める権限もなければそんな気もない。好きにすればいい。
そう思って踵を返す寸前に視界にはいった見たことのない笑みと声色に苛立ちが腹の底から返ってくる。普段ならせり上がるよくわからない不快感を飲み込んで冷たい視線を送るだけだった。だがこの時はその光景がひどく目ざわりで、やけに癇に障って、気がつけばその腕を掴んでいた。
「おい、ドランクいくぞ」
「え、スツルム殿~?」
困惑したような声をあげながらもドランクはおとなしくスツルムに引きずられ、宿の扉をくぐる。
何をしているのだろうか。部屋に入って急速に冷静さを取り戻したスツルムの顔をわざわざ屈んでドランクがのぞき込んでくる。
「どうしちゃったの~? スツルム殿〜? 何かあった? 怖い顔…してるけど……えっと、怒ってる? あれ、もしかして、ヤキモチ、だったりな~んて……」
そう指摘された瞬間、頬に熱がともった。知っていたが認めたくなかった。のに、突然、形にされてつい動揺が走る。
「なっ! ちが……!」
反射的な否定は何の意味も持たなかっただろう。
みるみる広がった赤が顔を覆った様をドランクの見開かれた金色の瞳に映りこんでいた。
「え、ほんとに……?」
ドランクの頬もうっすらと染まっていって、珍しくその唇は次の言葉を忘れたようにしばし閉ざされる。痛むのが心臓か沈黙かわからなくなったころようやく口角が動きをみせた。
「うれしい」
だって、それってスツルム殿が僕のこと好きってことでしょう?
やわらかくて甘い声。はにかんだような笑みが眼前に広がる。
さっき見せていたものとは全然違うと思った。
「スツルム殿、おはよう〜」
朝、起きた時、目の前にある顔はあまりにいつもと変わりなかった。すり寄ってくる体躯を押し返そうとしたが昨夜の名残かどうも力が入らない。ドランクがぺらぺらと何か喚いている。聞こえないふりをして寝返りを打つ。背後から囲うように絡みつく腕に対する煩わしさより振り払う方が億劫でスツルムは大人しく掛布に沈む。
密着するぬるい体温を不快だと思うなら昨夜のこともスツルムはゆるさなかっただろう。
あのあと、抱きあげられて共に入ったのはドランクの寝台だった。一緒に眠るだけなんて思うほど鈍くはなく、熱を帯びた瞳が口づけのため何度も近づくのをスツルムは拒まない意味くらい知っている。
だがいつのまにか始まって終わっていたのであまり覚えていない。冷静でありたいのに知らないことばかりで頭が真っ白になったスツルムとは違いドランクは手慣れた様子だった。服なんていつ脱がされたのかもわからない。
あの金色の瞳を緩めてひどく優しい手つきでドランクは触れてきた。
ふと思い返してどうしてかまた苛々した。
最近はすこしおさえているが以前は宿に戻ってくる夜の方が少なかった。いつも違う石鹸の香りがした。遊び歩いていたのを知っている。だからか。慣れているのだ。スツルムは初めてだった。大事に守ってきたわけでもないので惜しむ気もない。のに何故かこの、余裕ぶった男が腹立たしい。
その手慣れた様に他の女の影を感じるからだろうか。底にある至極単純な答えに至って、歯噛みした。今更どうしようもないことを考えるなんて馬鹿馬鹿しい。
何処か浮かれきった口調で話しかけてくるドランクに刺々しい言葉を突き刺しそうで眠ったふりをしてスツルムは会話を遮断した。
その日以降もスツルムは普段通りに過ごしているつもりだった。だがドランクにはそうは思えなかったようだ。あからさまに機嫌を取りにきている。そんなに不機嫌そうに見えるのだろうか。
思い当たる節がないわけではない。なんとなく距離をとってしまうし落ち着かず視線はすぐ逸らしてしまう。ドランクを側に置くとあの夜のことが蘇る。羞恥に苛まれては、ドランクに冷たく接して八つ当たりしてしまっている。
仕事に支障はない。ないように振る舞っている。割り切れる分別があるだけ救いだった。
しばらくして慣れたのかすこし落ち着いたころである。スツルムとしては普段と同じには戻ったつもりだった。
関係性は停滞している。進められても困る。それを腹立たしいが察しているのかあれからドランクは今まで通り相棒としての距離を保って、指一本、触れてこない。
そのくせにすこし先で他の女と親しげに話していた。近いどころか体がくっついている。
わかっている。仕事だ。聞き出すには手っ取り早い。が、目の前でやらなくてもいいんじゃないか。いつもの、口説いている光景を思い出す。
スツルムは恋人に値するはずだ。恋人なのだろうか。何となくああいうことをしたらそういうことなのだろうと思っていた。ドランクの感覚とは違う気がする。恋人じゃない相手とよく情を交わしていたのを知っている。傭兵仕事をしながらよく続くものだと冷ややかに見ていた。あの時は仕事に支障をきたさなければ好きにすれば良いとしか思わなかった。今は。
「スツルム殿〜?」
頭上の声に弾かれたように面を向けた。
「待たせちゃってごめんね〜ばっちりだよ、依頼は終わったも同然! ご飯食べにいこっか?」
「……ああ」
ふわりと漂う甘い香りに踵を返す。
「待って、待って〜早いよ、スツルム殿〜」
その匂いが追いつく前にスツルムは適当な扉をくぐった。
今夜もドランクは女二人を横に置いて、お喋りに興じていた。この間の依頼もドランクが聞き出した情報で上手く進んだのだから最適な方法なのだろう。
報酬の割がいいからとドランクが受けてきたがそんなに懐具合に窮しているわけでもない。女とくっつきたいだけじゃないのか。
大体スツルムがこの場にいる必要性はなかった。だがドランクがすぐに終わるから夕食を一緒に、と誘ってきたのだ。その約束が守られていたら、スツルムが空腹に耐えきれず一人で食事することもなかっただろう。とっくに食べ終わって、つまみを片手にぱかぱかと酒瓶を空けている。腹立たしいので全部ドランクに支払せてやるつもりだった。契約を破ったのである、違約金の発生は当然だ。
遠くから聞こえる甲高い笑い声を耳にスツルムは何杯目かもわからない酒を傾ける。放り込んだ胡桃が口の中で砕けた。もう一つと手を伸ばし剥くのが面倒だと思った。
「ねえ、お姉さん、隣いいかしら」
背後からの声に振り返るとすらりとした背の高いエルーンの女が赤い唇を上げて、立っていた。人違いかと思ったが、その金色の瞳は確かにスツルムを見据えている。
「あたしじゃ客にならないぞ」
「あら、それはどうかしら」
怪訝に眉を顰めて、改めて正面から見分した。
「……おまえ男か?」
「こういうのが好きな人もいるのよ、あなたはどう?」
「結構だ」
「じゃあお酒の相手だけして頂戴。奢ってあげるから。今日好みの相手がいないくてつまらないのよ」
「……好きにしろ」
そう言えばしなやかな仕草で隣に身を下ろす。職業柄か距離が近く、華やかな匂いが香りが鼻についた。
「さっきから気にしてるみたいだけどあっちの人はあなたの恋人かしら」
「……違う、同僚だ」
悟られた動揺を隠したせいか、存外口調が冷たく響き、ついでに舌打ちが溢れる。他人から察せられるほど見ていただろうか。このエルーンの洞察力が鋭いだけだ。薄青くふわふわとした長い髪と垂れた目尻が少しドランクに似ていて、つい柄に手が伸びるところだった。
「ふーん、そうなの? 彼、お喋りが上手ねえ、欲しい情報だけ取って、女の子からの誘いは躱してるわよ」
警戒を強めるスツルムに手を振って、隣のエルーンは笑う。
「大丈夫よ、みんなわかってるし、ああいうのはどっちも上手くやって立ち回ってるものだから。あの彼も踏み込みすぎないようにしてるし」
そういうものなのだろうか。スツルムには深くわからないが背後から刺されるようなことはなさそうだと少し気を緩める。
「でも仕事でも嫌よねえ、他の女の子とあんなに仲良くしてるなんて」
「だからそんなんじゃないって言ってるだろ」
「あっちの子は気にしてるみたいだけど」
釣られて盗み見ても楽しげな様子でしかなく、鼻で笑う。
「そうか?」
ドランクが気にしているとは思えなかった。時折、スツルムも酒場で酔っ払いに声をかけられたり依頼人に妙に執着されたりするがドランクはいつもと同じような貌でいる。あまりしつこい相手に剣を抜きかけるスツルムとの間に入って諫めるほどだ。一度夜を過ごしてもそれは変わらない。スツルムだけ一方的に苛々するさまをあの日から見せているようで、余計、怒りが腹にたまっていた。
「睨まれてる気がするけど」
可笑しそうな笑い声と共に肩が触れ、男とは思えない滑らかな指が手のひらを撫でる。見目のせいかあまり不快感はない。
「……小さい手ねえ」
「……近い」
「だって会話聞かれたくないでしょ、耳がいいんだから聞こえちゃうわよ」
耳元で話されるのはくすぐったく、しかし、その言い分の通りであるので言葉を重ねるのは躊躇われた。
「荒れてるわ、お手入れしなきゃ痛い思いするわよ、何か塗りましょうか?」
「いい。匂いが気になる」
「あら、最近はしないのもあるわよ」
取り出したクリームを勝手に塗りだす。以前似たようなことをドランクがしていたことが頭の片隅でよぎった。
「爪は綺麗にそろえてるのに……」
「剣を握るのにさわるから」
ふわりとスツルムの頬に掠める髪から花の匂いがした。いつも横にある色にひかれてつい手を伸ばして触れる。
エルーンの毛並みはみんなこんな風に柔らかいのだろうか。艶やかな髪は指通りすら良い。
「邪魔だったかしら」
「別に……」
その顔がすこし不安げに揺れたのが気になって思わず頭を撫でる。
「あら悪くない気分ね」
項垂れる耳に目が惹かれそのまま手を伸ばし、
軽く肩を叩かれて、ふと振り返れば見慣れた顔がある。
「……なんだ、終わったのか」
「……うん、ごめんね、遅くなって……スツルム殿は」
ドランクの視線の先のエルーンはにっこり笑って、立ち上がる。
「同僚の人と仲良くね、つきあってくれてありがと。また一緒に飲みましょ」
耳元で囁き、スツルムの額に口づけてそのエルーンは身を翻し他の席に向かう。
残る甘い香りの中で、何となく視線がその背を追いかけて、不意にドランクがスツルムの手首を引いた。
出口から離れていく歩みに声をあげる。
「どこ行くんだ」
「……今から泊まるとこ探すの大変かなあって、上に部屋とったから」
階段を上がって、少し古びた扉を開く。大きいとは言えない寝台がひとつ、部屋にはある。
「おい、いい加減離せ」
未だ掴まれた手が痛く、しかし離れるどころか引かれて、体が近づく。触れそうな距離は久しぶりだった。思わず下がる足が背後の扉に阻まれる。
「ね、大丈夫だった?」
「何が」
「だって、男の人だったじゃない、スツルム殿ったらあんなに近づいて、気づいてなかったの?」
「知ってる。酒を飲むのに付き合ってただけだ」
そう言えば、咎めるような視線が降ってくる。自分だって隣の女と肩をくっつけるようにして話していたくせにどうして責められなければならないのだろうか。むかむかとした気分がぶり返して睨んでも柔らかい微笑はびくともしない。
「もお、スツルム殿ったらそれなのに触らせてたの……? ちょっと無警戒じゃない?」
「おまえだってべたべたしてただろ」
「……僕から触ったりしてないもん」
いつまでも作りものみたいな笑みで見下ろされるのが落ち着かなかった。この不毛な会話をさっさと終わらせたくて、怪我をさせない程度の力で腕を引いたがドランクがつかんだ手は存外強く離れてくれない。
「ねえ、危ないよ、どこかに連れ込まれたりしたらどうするの」
「そんなことするような相手じゃなかった」
「わかんないでしょ、そんなの」
「おまえ、あたしがそんなに非力に見えるのか? それくらいなんとでもできる」
いい加減、鬱陶しくなった手を振り払う寸前、その対象はスツルムの肩に変わる。痛いほどの力で扉に押しつけられ、作り笑いすら剥がれた相貌が鼻先が触れるほど接近した。
「本当? やってみせてよ、スツルム殿」
非難は近づいた唇に飲み込まれて消えた。
あの日の、真っ赤に染まっていく表情をドランクは頻繁に思い出して噛みしめている。女の子と遊んでいてもいつも彼女から突き刺さるのは、無感情な視線だった。スツルムから向けられているのは相棒としての信頼だったから、同じものだけをドランクは返す。かすかな期待が平静な赤い瞳の中に別のものを探しては生まれる落胆を奥深くに沈み込ませて、スツルムに相応しく振舞っていた。
だから不意に見せられた感情のある顔に心臓が痛くて、頬が熱くて、きっとドランクの気持ちもスツルムには気づかれてしまったからもう取り繕うのはやめた。
そのまま別々の寝台で次の日を迎えることなんて出来ず、同じ布団の上に抱き上げて連れて行った。
拒まれたらすぐにやめられるように必死に理性を保っていたが、時折、羞恥で睨みつけてくるだけで、スツルムは嫌だとは一言も口にしなかった。
その日から浮足立つドランクとは対照的に、スツルムはあまり変わらない。むしろ避けられてすらいる。けれどそのそっけない態度も照れ隠しだと分かっているからただ微笑ましいとしか思えない。恥ずかしいのか露骨に逸らされる視線もうっすら染まる頬の色に気づかないふりをするのが大変なくらいだ。
ちょっとスツルムが落ち着いてきたから、今度は一緒にお出かけに誘って、いつもよりいいご飯でも食べて、この間みたいな雰囲気になればいいと考えていた。
そのために気が進まないが割のいい仕事をこなしているはずだった。女の子に近づいて、情報を抜く度にスツルムの機嫌が目に見えて悪くなっていたが、よくわかるようになった嫉妬心が可愛いくて、好かれている実感が増していく。
しかし、あまりに愛想を振りまいて勘違いされるのも厭だから、今夜はすぐに仕事を終えて、彼女と仲良く過ごしたかった。
だが焦ったせいか深く踏み込みすぎたかもしれない。相手も自分も仕事と割り切っていたはずなのに目の前の子には恋情じみた色が瞳に浮かんでいる。欲しい情報は手に入ったがやりすぎたせいか中々、女の子たちは離してくれなかった。
想定より時間が過ぎ、スツルムとの約束には間に合わない。痺れを切らした彼女はさっさと夕食を片付けて、ひとり酒を傾けていた。刺されるくらいで許されるだろうか。
思考の半分で彼女の機嫌の取り方を考えながら会話を続けていればスツルムに近づく人影が見えた。途切れ途切れで漏れ聞こえる話し声からは知り合いとは思えなくて、けれど、どうもスツルムの警戒が薄かった。
スツルムから伸ばされる手がうらやましい。ドランクが近づいたら逃げるのに。
普段、いくら言い寄られようがスツルムが全く興味を示さないどころか鬱陶しそうにしているのでドランクは、大抵は余裕があった。誘いを受けることもなく、何よりドランクが口を出して過干渉されるのをスツルムはきっと嫌がるから、体に触れようとしてくる相手を牽制するくらいにとどめていた。
だから口づけられても、嫌がりもせず、その背中を追う赤い瞳にじりじりと胸が嫉妬で焦げつく。同性だから気が緩んでいるのだと言い聞かせていたけれど、彼女ははっきりと異性だと認識して接していたようだった。
その辺りから冷静さを欠いていた。連日、腹の探り合いばかりしていたから、疲れもあったのだろう。自分のことは棚に上げて、非難がましくスツルムを責めては、返ってくる言葉に余計、悋気を煽られる。ちょっと話していただけなのに、信用されて庇われているなんて腹立たしくて、気づいた時にはとっくに理性的ではなかった。
強引に口づけて舌先を噛まれた痛みはじんわりと覚えている。固い寝台に押し付けたのはいつだろう。
深く沈み込ませた指で腹の内側を撫でる。
腰が跳ねて、中が痙攣した。か細い悲鳴と共に達したスツルムの浅い呼吸音が階下の喧騒にかき消される。
「スツルム殿、イくの何回目? この間はあんなに痛がってたのに、もう中で気持ちよくなれちゃうんだね〜」
纏めて押さえつけた細い腕がもがく。初めは激しかった抵抗も何度も何度も弱いところを責めたて、指の数を増やしていけば、徐々に精細を欠いていく。
「っきもちよくなんて、なってない……!」
快楽に抗うように唇に歯を立てて、睨むスツルムはまだ虚勢を張る気力はあるようだった。
口端の血の色を舐めて、薄い笑みを貼り付ける。
「うそつき、こんなに濡らしてるのに。ほら、もう一回、気持ちよくなろうね~?」
「や、も、……っうあ、」
溢れてくる体液を掻き分け付け根まで含ませた指を動かすたびに押し殺した嬌声が耳を濡らす。親指で陰核を刺激しながら、奥を探って、快楽を引きずりだし無理やり感じさせる。
はじめての時、こんな乱暴に触れたりしなかった。大事で壊しそうで怖くて、飛びそうになる理性を自制して、精一杯優しくふるまった。
ずっとそんな風に扱うつもりで、だけど不安じみた焦燥感が、判断を狂わせる。どんなにひどくしても赦して欲しかった。自分だけが特別だって実感したくて仕方がない。
スツルムが達してからもしばらく不必要にかき回していた指を引き抜く。
くたりとした体からは快楽が抜けきっていないようで腕の拘束を解いても四肢は投げ出されたままだった。ドランクが付けた手首の赤い指の痕に過ぎる罪悪感も彼女に触れていた指先を思い出すと、かすかな優越に変わる。
軽く唇を重ねるとどちらのものかわからない鉄臭い味がした。舌をいれると嚙みつかれるので表面だけ舐めて離す。舌先に未だ残るじんと痺れる痛みは悪くはないけどいい加減次は噛み切られそうだ。
腿に口づけながら弛緩した両脚を割る。張り詰めたそれをひくつく入り口にあてがってわざとらしく緩慢に擦り付けた。
「いいの、スツルム殿、入れちゃうよ〜? 逃げないの~?」
薄い笑みを射貫くように赤い色が煌めいた。
振りかぶられた拳が体に入る。痣になりそうな容赦のない強さだった。
「いっ……」
思わず肩を押さえて、呻くとスツルムは一瞬、不安げな表情を見せて体の力が抜ける。
「……スツルム殿ったら優しいんだから」
その隙に一気に奥深くまで押しこんだ。驚いたように見開かれた瞳が怒りに歪む。
「うあ……! おまえ……!」
「だめだよ〜、油断しちゃうなんて……ほら全部入っちゃったよ」
指先で繋がった部分をなぞって下腹部を手のひらで撫でる。
「いちばん奥、当たってるのわかるかなぁ」
確かめるようにつつくとひ、と喉が鳴る。ぐりぐりと擦りつけて締め付けてくる路から半分ほど引き抜いて再び突き上げた。それだけで軽く達したのか、酸素を求めるように声なく唇が上下する。
「スツルム殿~? もうイっちゃったの。まだちょっと動いただけだよ、まだまだこれからなのに〜」
達したばかりで震える中を強く叩く。胸を支配する蟠りのせいかこの間みたいに待ってあげる優しさを持てずにいて、嗜虐心だけが膨らんでいた。
「や、う、うごくな……! あ、あっ、うあ……!」
散々、慣らしたせいか、挿出は容易でぐちゃぐちゃとした水音が寝台の軋みと混じって響いた。スツルムがすぐ達してしまわないように表情を伺いながら時折、緩めては繋がっている部分を見せつけるようにゆっくりと腰を引く。
「可愛い声、いっぱい出ているね、スツルム殿〜。でもぉ、声、我慢しないと聞こえちゃうよ、ここ壁も床も薄いんだから……ほら、隣からも聞こえるよね」
階下からの笑い声と共に艶やかな嬌声が響く。今、ようやく気づいたのか、羞恥で唇が震えていた。ゆるく強まる肉壁の締め付けに熱の籠ったため息を零す。
「スツルム殿もさっきからあんな気持ちよさそうな声あげてるよね~もう聞こえちゃってるかなあ」
「な、ちが、……ひ……っ!」
再び最奥まで貫いてそのまま撫でつける。必死に飲み込もうとしている甘い声色はさらに強く押し上げると決壊して、ドランクの耳を揺らす。
「えぇ~ちがわないよね、こうされるの好き?」
「すきじゃ、……な、や、あっあ……ああ……あっ!」
快楽に落ちる理性の崩れそうな表情を網膜に焼き付けながら、同じ動きを繰り返す。逃げ出そうとする腰を掴んで、ふたたび達するまで可愛い声を上げさせる。
「みんなそんなに気にしてないと思うけど。ああでも、さっきの人にも聞こえちゃうね」
一瞬、気をやったせいか、ぐらぐらと揺れる理性でも怒ったように睨みつけてくるスツルムの感情の中に、他者が混じっているようで自分で言っておいて不快になった。いきなり再開させた律動は乱暴で掠れた悲鳴と共にスツルムはまた意識を飛ばす。達したせいか締め付けが強まって促される射精感に耐えて、陶然とした赤い瞳をのぞき込んだ。
「もう抵抗しないの? さっきみたいに殴ってもいいよ〜」
半身を敷布に固定されて逃げ場なんてないのをわかっていて口にすれば押しのけるために小さな手が胸元に当たる。ほとんど触れているだけであり、あまりにささやかな抵抗に口元が緩んだ。その手を取って、敷布に結い留めるのは簡単だった。小さな体躯に体重をかけて身じろきすら封じて腰を振る。
「スツルム殿、全然力入ってないよ〜? 僕のは締め付けてるのに。そんなにここ突かれるの気持ちいいの?」
「っ、はな、せ……あ、う、やめ……あっ……あ…っ!」
ドランクを睨め付けるしか出来ない悔しさで溢れ始めた涙を舐めとる。
「やめろって言われても……そんな顔しちゃ、余計興奮しちゃう」
ぞわぞわと背筋を這い上がる感覚に動きを早める。煽られたせいか先ほどより膨らんだものに抉られ、スツルムは今にも達しそうでけれどそれがきっと厭で必死に耐えている。わざと緩めてから突き上げたらどんな反応をしてくれるだろうか。
その想像に興奮を急かされて細い首筋に歯を差し込んだ。
「いッ……あ…っ…」
綺麗に刻まれた凹凸を舐めて、別の箇所にも痕を残していく。
「スツルム殿、そろそろ……って聞こえてないかなあ」
奥深くにぴったり押しつけたまま熱を吐き出した。強烈な快楽に痙攣する体躯をかき抱いて、一滴残らず注ぎ込む。
熱い吐息を飲み込むように唇に噛みついた。反応の薄い咥内を弄って唾液を纏わせながら離す。
ゆっくり腰を引けば、空いた穴から白濁が溢れた。
惚けた瞳から落涙した痕を撫でて、そこにも唇を触れさせた。拒まれないことに安堵しながらも軽薄に誂えた笑みが勝手に表情を模る。
「スツルム殿ったらダメじゃない、すぐに気持ちよくなっちゃって……全然抵抗できてないんだから……ねえ、こんなんでほんとに何とかできるの?」
「……っさい」
乾いた音。張られた頬が熱い。
「うるさい、お前じゃなきゃ……!」
「……スツルム殿」
肩口に顔を埋める。鼻腔に広がる香りはいつもと同じだった。
「…………ごめんなさい、嫉妬で不安になっちゃって……わかってるの、ひどいことしても、スツルム殿、赦してくれるって、安心したくって……」
舌打ちされた。忌々し気に髪の毛が引っ張られ、それから頭を撫でられる。
「かたいな」
「最近あんまりお手入れできてないから…」
「……別に、これがいい」
伏せた耳をなぞる指先が優しくて、ずっとこうして欲しかったのだと思った。
起きた時、掛布から半分体が出ていた。暖をとるため、ぬくもりを発するスツルムに近づいて、手足を絡ませると眉間に皺が刻まれる。
「……邪魔だ」
「だってぇ、このベッド、とっても狭いんだもん〜やっぱこういうとこってお布団も固いよね、そのぶん安いけど~」
スツルムの背後にはもう壁しかない。さらに身を寄せるとスツルムは、囲いを振り切って体ごと顔を背けてしまった。未練がましく手を伸ばしたが、はたかれて空をさまよう。
「……よく来るんだな」
「うーん、最近はあんまりだけど、昔はお金がなくてよく泊まってたかなあ」
「…………」
返ってくる無言に体を起こして、顔を覗き込む。眉根を寄せた表情と目が合って、すぐに逸らされる。
「あっれえ〜? スツルム殿ったらその顔、ヤキモチ〜? なんで……あ、もしかしてよくここに女の子連れ込んでたと思われてる?」
ぴくりと一瞬、頬が動く。わかりやすい。
「えっとぉ…でも僕スツルム殿とお付き合いしてからは一回もないからね?」
それまでは散々不健全な用途で使っていたと白状しているようなものだがスツルムも知るところなので取り繕った方が嘘くさいだろう。案の定察して、眼光の鋭さが増す。
「でもほら、恋人だったとかじゃなくて、下の酒場でちょっと仲良くなってその日だけとか……」
何を言おうともスツルムの機嫌は落下の一途を辿っている。だがドランクは口元が勝手に緩んでいくのを止められなかった。可愛い。過去の、恋人ですらない行きずりの相手にまでスツルムは妬いているのである。
「おまえ、なににやにやしてるんだ、気持ち悪い」
「ええ、なんでもないよ〜スツルム殿は可愛いよねぇ…」
振り返ってくれた喜びは肩口に走る痛みに霧散した。すでにどす黒い痕が浮き出た肌が軋む。
「っ……スツルム殿、ここ昨日殴られたとこ……」
「さっさと治さないからだろ」
「スツルム殿がつけてくれた痕なんてもったいなくって治せないよぉ〜」
「……増やしてやろうか」
冷えた眼差しににっこりと笑って、その拳を撫でる。
「いいよ〜スツルム殿がヤキモチ妬いた分だけ殴ってくれてもいいんだから」
薄い耳が色づく。握りしめられた掌は、しかし微動もせず暴力という手段を失ったそれをドランクは恭しく手に取って唇を押しつけた。
2024年10月21日