傭兵たちの日常喧嘩風景

傭兵たちの日常喧嘩風景

 

浮気を疑われてスツルム殿に口をきいてもらえなくなるドランクの話 R-18


 手探りでつけた明かりが灯る。日は落ちていたがまだ夜中というほどの時間ではなく、階下から聞こえてくる酒場の喧騒が耳を揺らした。
 スツルムに傍らのコップに水を注いで差し出して、けれど首を振られたので一口自分で飲む。
コップを置いて、汗ばんだ額に唇を触れさせた。顔に少しかかった赤い髪を指ですくって、表情を覗き込む。寄せられる眉を指先で優しく撫でつけると余計なお世話とばかりに眉間に皺が増えた。
「ねえねえどうだったぁ〜?」
「……うるさい」
 概ね満足らしい。瞳を緩ませながら尖った唇に同じものを重ねて、口づけを深めていく。ぎこちなく応えてくれることが気分を高揚させ、つい離す機会を失ってしまう。肩を叩かれてようやく解放すると涙目の双眸がドランクを突き刺していた。
「苦しかったかな、ごめんね……」
赤い頬を撫でて指先で溜まった雫をすくった。荒い吐息を繰り返す唇は小さくて、先ほどまでそれが甘い声色を鳴らしていたことを思い出すと自然に半身が重くなる。
「……スツルム殿」
彼女は一瞬、眉を顰めたがそれだけだった。つい瞳を瞬いて、じっと顔を凝視したがその態度が覆される気配はない。
「え、いいの〜」
「……するならさっさとしろ」
その言葉通りできっと他意はないのだけど膝裏を抱え込む格好がひどく扇状的で、あてがってすぐに奥まで押し入れてしまった。
「っ……」
「ん、大丈夫? 全部入れちゃった」
「別に…大丈夫だ」
ゆっくりと律動を始めて、緩やかな快楽に意識を沈ませていく。
「ん、…あ……っあ……」
可愛い。先ほどつけた灯のおかげでよく表情が見える。しかしスツルムはドランクの視線の先に気づいたのか、快楽に逆らって厭そうに顔が歪められた。
「……っ、けせ」
「えぇ〜いいじゃない、ついてても」
「ドランク」
肩の鋭い痛みに早々降参して光を落とす。多分次は骨が折れる。
 月明かりを頼りに手探りで触れながら、動きを再開させる。些細な反応が見られないのは残念だが、二度目で気が緩んだのか、抑え込んだ喘ぎではなく甘い声が素直に零される。
 時間をかけて胎内を優しく探りながら一度目につけた痕を舌先で撫でていた時である。すみません、と扉の向こうから聞こえた、気がした。寝台の軋みに混ざって、確かではない。そう思いたいドランクは聞き間違いであると断じて、目の前の柔らかな肢体に意識を集中させる。
 しかし、再び発せられた声と共に扉を叩く音に動きを止めた。
ドランクの耳にだけ届いているなら聞こえないふりをするよう心のうちが唆していたが、どうやらスツルムにも聞こえていたらしい。
「おい、出てくるから抜け」
有無を言わせぬ口調に渋々腰を引いた。
「あ、待って、僕がでるよ」
「それで、か?」
彼女が一瞥だけした先には張り詰めたままのものがある。すぐに落ち着くとは思えなくて、閉口すればスツルムはさっさと散らばった着替えを身につけて姿を消した。
大人しくスツルムの帰りを待っていれば、しばらくして彼女が戻ってくる。
「あ、スツルム殿、どうだった〜? 新しい依頼人とか? でも今、お仕事いっぱいだよね〜」
そう言いながら抱き寄せようとして、しかし、ひどく鬱陶しそうに強い力で押しのけられた。間が空いて、気分ではなくなったのだろうか。おずおずと顔を覗き込むと赤い瞳がドランクを嫌悪露わにきつく睨んでいて、悪寒が心臓を叩く。
「……これ、お前のだろ」
スツルムが投げた指輪が手の内に収まる。確かにいつもドランクの指を飾っている一つである。先ほど邪魔になるので全て外して寝台の傍に置いていた。そういえば足りていない、がそんなこと重要ではなかった。
「部屋に忘れてたって女が持ってきた」
無表情である。そこから滲み出る怒りにスツルムの考えを必死に推測する。嫌な想像にしか至らず、肝が冷えていく。指輪と女で思い当たる節はあるがスツルムが思っているようなことでは絶対にない。
「えっとぉ、スツルム殿、何か勘違いしてない?」
「何がだ」
「道で重そうだったから荷物を家まで運んであげただけだからね! その時、落として……」
「いつも嘘ばっかりついてるくせに、なんだその下手くそな言い訳は! もっとマシな嘘吐けるだろ!」
「う、嘘じゃないよ! ホントだって! スツルム殿がいるのに浮気なんてするわけないじゃない!?」
縋るようにぎゅっと握った手が躊躇なく振り払われる。返答の代わりに向けられたのは背中だった。掛布に潜り込んだ彼女は名前をいくら呼んでも微動もしない。
「スツルム殿、信じてよ…僕のことよくわかってるでしょ? ねえ、スツルム殿、スツルム殿ったら」
「……うるさい、もう話しかけるな」
煩わしさがはっきりと刻まれた声色にこれ以上の言葉は無意味であると悟ってしまった。
拒絶を発する背に近づくのも憚られ、すこし間を開けて潜り込んだドランクは、一晩経てばなんて無理矢理、自身に言い聞かせて瞳を閉ざした。

 

 

 

 

 しかし、一晩経てど二晩経てどスツルムの態度は氷解しなかった。さらに一週間経っても仕事に必要な事務的な話以外、彼女の耳には受け入れてくれないようで名前を呼んでも振り返ってくれないし、視線も合わない。
何度か誤解だと訴えてみたが、その度に両眼の燃える色さえ氷のように冷えていくだけだった。
ドランクはここ最近で一番、危機感を覚えていた。魔物の斬撃が鼻先を掠めるより怖い。
 今はかろうじて同じ場所には帰っていてもこの依頼が終わって、宿を引き払ってしまえばどうなるのか想像したくなかった。二度とついてくるなと言われたらどうすればいいのだろうか。
 休みや食事の時もドランクを置いて一人で出ていく後ろ姿に荷物があるのをわかっていてももし帰ってこなかったらと落ち着かない。
時間を置いたくらいではほとぼりが冷めるより先にドランクとの関係も凍りついて砕け散りそうだった。
八方塞がりである。
今日もまた一度もこちらに向けられない横顔をちらりと伺う。
「ね、ねえ、スツルム殿〜」
これで声をかけるのは数度目だが案の定、無視された。
 ここまで信用がないとは思わなかった。あんなに毎日わかりやすく態度も言葉も好意を伝えているのにスツルムには全く響いていなかったのだろうか。同じ言葉が一度も返ってきたことはないけれどドランクを疎んでいたら体なんて絶対許さないだろうし、一応、相棒だけの関係ではないはずだ、多分。
 女の子相手に情報収集もかねて声をかけたり、向こうから声をかけられたら快く応じているわけだが下心があるわけではない。だが嫉妬するスツルムを見たいがためにほんのすこし親しげに振る舞っている節はある。そのせいなのか。自業自得なのか。
 だがそれ以上に良くなかったと思い返すのは過去の行いである。彼女と出会ってすぐの時は、あちらこちらに遊び歩いては、何人とも関係を持っていた。
あれは信用を失墜させるには充分すぎた。コンビを組んだ時にばっさり捨て置けば良かったのに、あの時は、なんでも良いからスツルムの気を引きたかったからつい関係を清算せず続けていた。全く効果がなくむしろ下がり続ける好感度にいい加減片をつけたのだがその印象を未だに引きずっているのかもしれない。
 歩調を合わせながらせめて隣を歩く。
全く気分ではないが仕事には向かわなければならない。これで仕事に影響を出せば、確実に見切られる。
それに一言二言は交わせる。この間は彼女の間合いにいたせいか邪魔だ。と吐き捨てられただけだが。少なくとも視界に入っただけ喜ばしいことなのだ。そう言い聞かせて、近頃は心の安寧を保っている。
 幸い今日の依頼は街の近くに現れる魔物退治で思考が半分くらい死滅していても楽にこなせる部類であった。
スツルムを援護する傍ら広範囲の魔法で細々とした相手を散らしていく。
いつもなら彼女の惚れ惚れする動きに胸がいっぱいになっているドランクであるが現状、心中を占めるのは暗澹たる思いだけであった。
だが決して思考に沈み気を緩めていたわけではない。
背後から迫り来る敵にも気づいていたし対処が間に合わないわけでもなかった。
けれどどうやらスツルムはそうは思わなかったようで、魔物の首を落としたと同時にドランクと鋭く名前を呼ばれた。
一瞬、真っ向から視線が絡んで気まずそうに逸らされる。かすかに浮かんでいた憂惧にドランクはひどく安堵した。
身を案じてくれる情はまだ残っているらしかった。勝手に緩む唇から弾んだ声が飛び出す。
「ありがとう、スツルム殿〜」
返ってきたのは歩を進める足音だけであったがその時から少しだけスツルムの頑なであった態度に綻びが生じたのは確かであった。
相変わらず何を話しかけようが返事はないが、時折、視線が合うだけ良い。
何とか会話が出来るまで回復させて誤解を解かなければならない。
平常時であれば聞き入れてくれるはずである。ドランクは慎重に機をはかっていた。
 一方的に話かけ続けてようやく相槌程度であれば返ってくるようになった頃である。
先ほど口にした昼食の話を延々と唇に乗せていた時だった。
不意に腕を引かれて反射的に払う寸前、視界に飛び込んできた女のエルーンに慌てて動きを止める。怪しい気配もないただの一般人だ。
「ちょっと、どうして最近会いに来ないのよ。あたしずっと待ってたのに」
「えっ」
まじまじと見返して頭を捻った。仕事関係ですらないのは自身の記憶上明白でありドランクに全く覚えはない。人違いである。
「ひどいじゃない。将来の約束もしたわよね」
「えっとぉ、誰かと間違ってない? 僕、キミに会ったこともないと思うんだけど」
不審そうに瞬いた瞳がじっとドランクを凝視して、解けた。
「あらあ、ほんとねえ、ごめんなさい、髪の色がおんなじだったからあの人かと思って……」
曖昧に笑ったドランクはいきなりびっくりしちゃうよね、スツルム殿〜なんて呑気に隣に視線を向けて目を剥いた。スツルムがいない。何処から姿を消したのだろうか。ひどく厭な予感がした。
今から連日借りている宿に戻る予定であった。
足早に向かい、部屋に駆け込む。見慣れた後ろ姿があることに息をついて、しかし、纏められている一人分の荷物に肝が冷えた。
「ス、スツルム殿〜?! まだここ引き払わないよね!?」
「……お前は残ればいいだろ」
横を抜けて行こうとする腕を慌てて掴んで引き止める。
「ま、待って待って! どこ行くの、ここでのお仕事も残ってるよ」
「どこでもいいだろ、仕事は一人でする。離せ」
やっと好転しかけていたのに間が悪すぎる。しかし不運を呪っている場合ではなかった。
「さっきの人違いだったからね? 知らない人だったし。話、最後まで聞いてなかったでしょ、スツルム殿、疑ってなんていないよね?」
言葉を重ねれば重ねるほど空気が冷えていく気がした。スツルムの表情の強張りは変わらず、弁明しても何一つ響かない。険しさだけが増して、ついに手が振り払われる。
スツルムに追い縋るように廊下に出た瞬間、扉の前にいた人影と鉢合わせた。驚いてすこし目を張る彼女は、先日、指輪を届けてくれたエルーンである。
「あら、こんにちは、この間は家まで荷物を運んでいただき、ありがとうございました。あの、依頼を請け負ってらっしゃると聞いて改めて伺わせていただいたのですがお取り込み中でしたか……?」
ドランクは急いで横に首を振った。聞こえたのだろう、半信半疑ながらもスツルムは佇んでいる。
彼女を部屋に招き入れながら、状況を計りかねているスツルムも引き込んで席につかせる。
指輪のお礼を口にすると上手く話題に乗って、自ずからドランクの潔白を証明してくれる。横目で伺ったスツルムの凍てつくような怒りもすこしは溶けているように思えた。
どんなに割に合わなくてもこの依頼は受けただろう。幸い善良な人柄でドランクの状況を知るよしもない依頼人とは適正な契約に落ち着いた。
依頼人が帰ってもスツルムは出ていく様子はない。
 また当分、無視されようともここにいてくれるなら今はそれだけでよかった。
沈黙を破るための言葉を探してふとドランク、と聞こえた。ただ呼ばれたのは随分、久しい気がして、幻聴がとさえ思う。けれど声の先に赤い瞳が在って、薄く開いたその唇が名前を模ったのは確かだった。
「…………悪かった」
掠れた声を耳にして、張り詰めていた気が抜ける。
崩れるように膝をついて吐いた息と共に小さな体に抱きつく。
「……よかったぁ…どっか行っちゃうのかと思った」
「…………」
「そりゃあ、昔はあんまり褒められるような付き合いはしてなかったけど今は違うよ……もうちょっと信用して欲しいな……」
掌を頬に滑らせる。だが視線が合わない。指先が震える。
「……嘘ばっかり吐くくせに」
「……大事なことは吐かないよ」
「いつもへらへらして本気かわからない」
「でも僕、好きだってスツルム殿にしか言わないでしょ」
赤い双眸が探るようにドランクを見た。
笑みを引っ込めた顔を近づける。固く引き結ばれた唇に同じものを重ねても拒絶されないことにひどく安堵した。腕の中の温もりは手放し難く、それが離れていく寸前であったことを改めて思い出して、ぞっとする。その確かさが今すぐ欲しくなった。
 抱き上げて向かう先が寝台だとわかっても大人しく彼女は腕の中に収まったままだった。
寝台の縁に腰掛けて、スツルムを膝の上に乗せてもう一度唇を寄せる。柔らかい。もっと。そう思って繰り返しても普段はなんだかんだ強情の壁を張ってささやかな抵抗があるのだけど今、彼女は随分と静かでただ薄らと頬が染め、されるがままになっている。
「……スツルム殿からもしてほしいな〜」
一瞬、躊躇うような素振りを見せて、赤い瞳が近づく。触れるだけの口づけでもひどく昂揚してだが、そんな様、一抹も見せずに薄く笑った。
「ね、僕がするみたいなのして」
歯噛みの音が聞こえる。スツルムの心が決まるまで耳からこめかみに指で撫でたり髪で遊んで、ようやく落とされたのは拙い口づけだった。
短い舌先を一所懸命動かして、中を探ろうとして、息苦しくなったのか、唇が離れようとして、だがその前にドランクは頭を抱え込んで逃げる舌を絡ませた。
微かな吐息を耳に服を散らしていく。
くたりとしたスツルムを敷布に倒して、露わになった肌へ指を這わせた。感じているのに何処に触れても、眉を寄せて、反応を僅かなものに抑えようとしている様子が愛おしくって仕方なかった。
上がる体温を指と舌先で感じて肌をすり合わす。
「もういれたいなぁ」
下生えから腹にあてがって擦り付ける。その赤い瞳に期待したような色を見つけながらもそのままじりじりと焦燥だけを煽っていく。
「ねえ、スツルム殿、い〜い? ダメ?」
片目を下に向かわせながら見せてよ、と囁くと赤い頬がさらに染まって瞳の鋭さが増す。
「…っ、わかるだろ」
「えぇ〜わかんない、スツルム殿が見せてくれないと」
視線で射殺せそうなほどドランクを睨んでしかし、膝裏を抱えたスツルムはそこを指で割り開く。下生えの奥、赤く濡れた口がひくつく。
「いれてほしいんだぁ、ここ触ってないのにぐちゃぐちゃだね〜」
「……もう、いいだろ…」
「いれるまでそのままで、ね?」
先端を合わせて腰を押し付ける。ゆっくりと埋め込んでいくもどかしさに血が沸き立つような興奮を覚えて、迫り上がる快感に理性を全て明け渡したくなる。
それを表面上何でもないように取り繕いながら
「スツルム殿、気持ちいい? 僕はね、すごくいいよ、ねえ、教えてよ」
いつもなら堪えたような否定なりそれなりの強さを伴った拳が飛んでくるのだけど小さく頷くスツルムにすこしだけ喧嘩の恩恵を受けた気がした。あんな想いは二度したくはないのだけど。
「……あかり、けせ」
「たまにはいいじゃない。明るいとこでしても」
黙したスツルムはそれ以上言い募ることはない。罪悪感に付け込んでいることはわかっている。だか緩む口元を正す気がないのも確かだった。
奥深くまで突き立て、見せつけるようおもむろに腰を引く。
「ほら繋がってるとこよく見えるよ〜」
「……っ、やめ、…あっ…やぁ…!」
緩慢な動作で挿出を繰り返して、スツルムの表情をつぶさに観察した。
羞恥を堪えて、真っ赤な瞳が揺らいでいる。
その瞳で呑み込んでいる箇所をはっきり目にしているせいか、いつもより強い締めつけにぞくぞくする。
それを口に出して知らせて、露わになった反応に余計興奮して、腰の動きが早まった。
奥深く突く度に、押し殺した嬌声が上がる。
一番深い箇所ばかり撫でていれば、高く鳴いてスツルムは達したようだった。震えて吸い付いてくる路の心地良さを堪能しながらゆるゆると律動を続ける。
「ここ好きだよね? イッちゃった? 可愛い〜、スツルム殿」
「や、ドランク、…そこ、も、…や…あっ、あ…!」
「イヤ? そんなことないよね〜? すっごく気持ちよさそうな顔してるじゃない」
反意を持った光は、強く打ち付けると快楽に呑まれて消える。きつく抱きしめて、その体の熱を隅々まで感じた。
「好き、スツルム殿、好きだよ」
ドランクの背中に回った腕に縋るよう力が込められて、胸が詰まる。
充分だと躊躇ったのは一瞬だった。一度だけ、でいいから、その唇から恋情でも親愛でも乗せられる感情はそれ以外でも何でもいいからドランクは同じ言葉が聞きたかった。
「……ねえ、スツルム殿は僕のこと」
空気に溶けるほどささやかな声になってしまったが、耳朶に触れた言葉は確かに彼女に届いたらしく、小さな唇が模った形を呑み込むように口づけた。


2023年8月14日