怪力
致してるとき夢中でいろいろなものを破壊してしまうスツルム殿の話 R-18
振り抜いた剣は狙い通りの位置を切り裂いた。しかし、想像よりも硬い肌は切先を飲み込み、彼女の手から剣を奪い去った。身を引いて体勢を立て直す。
人型の魔物といえどその巨体は彼女の三倍ほどある。その割に俊敏でスツルムは肉に食い込んだ剣を取り返すことを諦めた。ドランクの気配は傍に感じるが他の魔物を散らすのに手一杯なのだろう。体を低く、地を蹴った。片脚、に腕を巻き付け力の限り掴む。魔物の鋭利な爪が迫る前にその体躯を投げ倒す。起き上がる前に携えた剣を引き抜き首元を掻っ切った。突き刺さったままのもう一本を回収している間にドランクの方も片がついたらしい。
「スツルム殿、カッコいい〜」
地面に転がる無数の死骸を器用に避けながらドランクは破顔して走り寄ってくる。
「おまえ、見ている余裕があるなら手伝え」
「こっちはこっちで忙しかったんだもん。でもあんなに大きい魔物なのに、投げちゃうなんてドラフの怪力はすごいね〜」
「家にあった玩具はぜんぶ頑丈だった気がする」
「そうなんだ〜握り潰しちゃうのかな」
おもむろに手のひらを掴まれて、眉を顰める。ドランクの手はいつもひやりと冷たい。
「そこまで握力は強くない」
「あんまり強いと掴んでる剣が折れちゃうか。それにしてもスツルム殿の手はちっちゃいね〜かわいい〜」
そういうドランクの手はスツルムのものを覆い尽くせるほど大きい。何が楽しいのか絡めてくる指先に力を込める。
「痛い痛い痛い! 骨砕けちゃうよ、スツルム殿〜」
「おまえがべたべた触ってくるからだろ!」
振り払うように抜け出して踵を返す。
「……おい、行くぞ、早く降りないと日が暮れる」
「あ、そうだね、最近寒くなってきたし野宿は嫌だな〜」
複数人必要な依頼を二人で請け負った。報酬も悪くないはずだ。
残る魔物の気配に警戒しながらもスツルムの意識はドランクの話す今夜の夕食に移っていった。
ああ、また。布が引きちぎれる音がした。ドランクが動く度に爪は突き立てられ、歯が食い込んでいく。握力はそんなになんてスツルムは言っていたけどエルーンの数倍はありそうだ。
「ん、ッ……ぁ、っ、……」
汗の滲む艶やかな背中に唇をつけた。
スツルムは顔を見られるのを厭がってうつ伏せに体を捩るものだから、犠牲になるのはいつも寝具である。弁償、の文字が頭をよぎったのはドランクだけだ。彼女は駆け巡る快楽に陶酔しきっていて、その惨状に一片も気づいていない。
やっぱりドラフの怪力ってすごいんだなあなんて思いながら最奥を抉って内壁が吸い付いてくる気持ちよさを堪能する。
ここまでスツルムを追い詰めなければいいのだが被害が増えれば増えるほど感じている様がありありと可視化されるのは堪らないし普段、理性の塊みたいなスツルムが何もわからなくなって目の前のものに必死で縋り付いているなんて可愛いくて途中でやめられないに決まってる。
激しさを加えながら耳朶を食んで丁寧にその形を舌先で舐めるとただでさえ狭い路がさらにきつく締まる。薄い耳は随分、感度がいいらしい。ドランクが情事のたびに弄っているせいかもしれないけど。
くぐもった甘い泣き声が沈んで消える。達したのか、小さく痙攣した体は弛緩して、同時に羽が舞う。枕を噛み切ったらしい。
可愛い。そんなに気持ちいいんだ。ドランクはまだ張り詰めたままのそれを一度抜いてごめんねなんて白々しくいいながら体勢を変えて、奥まで押し込む。未だ快楽の余韻に震える中へ誘われるよう律動を再開させると縋るように腕が絡みついてきた。
スツルムは何を掴んでいるかもうよくわかっていないだろう。
突き立てられる爪の痛みにぞくぞくした。あそこまで無残な有様になりたいわけではないが傷つけられるのはちょっと羨ましかった。さすがに噛みつかれたら骨が砕けそうな気配がするけどあの小さな歯型がついた想像は半身を重くさせる。
髪の張り付いた額を合わせながら顔を覗き込むと潤んだ瞳と重なった。
昼間見た凛々しい姿とは大違いだ。威圧を込めて敵を突き刺す尖った双眸が惚けているのを見るとやけに興奮する。唇を重ねた。混じり合うぬるい温度に陶然として、離しがたい。惜しむよう口づけを終えると眼前の赤い色が緩んだ。
「っ、ドランク……ドランク……」
背中を撫でていく掌にぞっとした。その手つきは大事なものとして扱われている気がして、胸を焦がす。
「っ……好きだよ、スツルム殿」
口にしても返ってこない言葉はしかし、いつもドランクのものを締め付けて反応してくれるのを知っている。
全身をめぐる感覚に促されるまま熱を吐き出した。
落ちていた意識がゆるりと覚醒した。泥に浸かったような倦怠感と体の軋みに思わず眉を顰めながら、瞳を明かす。この感覚は初めてではないがいつまでも慣れない。そのまま微睡を彷徨っているとやけに甘ったるいドランクの声だとか、指と舌の感触、奥まで含まされた熱まで思い出して歯噛みする。いくら行為を重ねようとも拙いままのスツルムを翻弄するよう散々、好きにされた気がするのに厭ではなかった、の一つに収束してしまうので余計腹立たしい気分になるのかもしれない。
身を起こしながら漫然と辺りを見てふと目に飛び込んできたそれから視線が離せなくなる。
羽毛が飛び出た枕と裂けた白い敷布。
思考は扉の開く音に遮断された。
「……あ、おはよ〜スツルム殿〜、何か食べる?」
答えのない彼女の視線の先を追って、ドランクはすこしばつの悪そうな顔をした。
「あ〜それはねぇ、スツルム殿がびりびりに……」
「は、あたしがなん、で……」
目の前が明滅するほどの快楽。
全身を巡っておかしくなる。耐え難いそれから逃れよう掴んで噛んで。
蘇ったのは断片的な記憶である。だが充分であった。
じわりと頬を侵食する熱が肌を色付ける。
「でも僕としてはあんなに感じでくれるなんてうれし……いったあッ!」
投げつけて綺麗に顔面へと衝突した枕からは大量の羽毛がひらひらと舞い散った。
2022年7月14日