朝の一幕

朝の一幕

 

事後の朝の話


腰に腕を絡めて胸元へ埋まる顔は、穏やかに眠っていた。普段であれば届かない位置にある耳が目前に項垂れているのを見て思わず手を伸ばす。彼女にはないふさふさとした毛の柔そうな耳にすこし興味があっても屈めなんて言えるわけもない。ドランクの反応を想像するまでもなく苛立つ。えぇ、スツルム殿、僕のお耳に触りたいの〜!? やっぱりぃ、気になっちゃう? 触ってもいいけどぉ、う〜ん、どうしよっかなあ〜
幻聴を振り払いながらふわふわした感覚を手に触れさせていれば、もぞりとドランクの頭が動く。起こしたかと身構えたが、瞳は明かされないままだった。素肌に触れる長い髪の毛がくすぐったい。顔を押し退ければ寝苦しそうな表情に変わりもごもごと唇を動かしていた。つい力を緩めてしまうと退けたはずの頭は再び彼女へ押し付けられ、少しずつ下へ下へずれていく。胸から腹へさらに下方へ。
「……っ、おい! お前、起きてるだろ!」
「あれえ、バレちゃった?」
顔を上げるドランクは緩めた口元のまま再び掛布に潜って彼女の腹に唇を押し当てる。くすぐったいだけのはずが少しずつ変わる感覚が耐え難く頭をはたいた。
「やめろ、ばか!」
「いったあ! だってぇスツルム殿のお腹綺麗だし〜ほらあ、ここの腹筋とかさあ〜」
指でなぞられて、思わず力を込めたせいか浮き出た筋をドランクは赤い舌を滑らせていく。
「強くなるだけの努力をこれだけ積んでるんだからかっこいいね。スツルム殿は」
その羨望じみた眼差しは逸らし難く、じわりと頬へ染み込む熱に歯噛みした。本当にこの男が柔らかくもないこの体をひどく気に入っていて、単に趣味嗜好の類ではないとわかっているからこそ余計、心の臓が軋むのだ。
 瞳を細めたドランクは昨夜散々沈み込ませた痕に重ねるよう新たな色を塗りつける。いつもみたいに威勢よく言葉が紡げず小さくやめろ、と掠れた音しか落ちない。
「あれ、なんでスツルム殿、真っ赤なの?」
ふと面を上げた心底不思議そうにドランクは彼女の頬に触れてその色を確かめる。思わず体ごと顔を背けても薄く染まった耳までは隠せずにいた。
「っ、見るな!」
「え、なんで、なんでぇ〜? あ、もしかしてそういう気分になっちゃったぁ? 今からもう一回する〜?」
「するかっ! 離せ!」
「えぇ〜でもぉ、スツルム殿、僕のお耳触ってたよね〜あんなとこ触るなんて誘われてるのかなあなんて思っちゃうよ〜」
「な、そんなわけ……! お前、どうせまた騙そうとしてるだろ!」
「スツルム殿が知らないだけだよ〜エルーンのお耳は敏感なんだからあ〜触られたら変な気分になっちゃうよ〜」
顔だけ振り返って睨めつけたがドランクは至極真面目な表情で言い募るものだから彼女の疑念はあっさりと揺らぎ、そうかもれないなんて擡げてくる。何よりドランクの言い分を裏付けるように腿にあたる感触がやけに熱くて、落ち着かない。もしかしたらドラフの角のように鋭敏な箇所だったのかもしれない。不用意に触るのではなかった。
 当然、耳を触られたくらいドランクはどうってこともなく、彼女に裸で身を寄せている故の生理現象なのだけど少し責任を感じ始めているスツルムに勘違いしてもらった方が都合がいい展開を望めるに決まっている。明るい寝台の上で普段見られない彼女の姿だとか。
「スツルム殿だってさ〜」
耳の裏を指が滑る。触れたドランクの唇がすこしかすめて離れた。
「こうされたら変な気分になるでしょう?」
囁かれる言葉が耳朶を打つ。別段、触れられたくらい何ともないなずなのにいやに跳ねる心音が気になる。絡みつく腕からは力ずくで逃げ出すことも出来るはずだった。
「……今日は昼から依頼人に会いにいく予定だろ」
「……そう、だけどぉ、そんなの今、確認しなくったって……大体昼からだし、時間ならまだいっぱい……」
思案するようふと声を噤んだドランクへ羞恥に奥歯を噛んだ音は聞こえただろうか。
「……え…、えっ!?」
破顔してスツルムを覗きこんでくるドランクの視線を鬱陶しそうに逸らしながらも彼女は落ちてくる唇を避けようとは思わなかった。


2021年1月4日