囀る唇にくちづけを

囀る唇にくちづけを

 

ドランクが致すときもうるさいので黙れって言ったらそれはそれで恥ずかしくてもだもだするスツルム殿の話。R-18


「……可愛い、スツルム殿、顔、もっとよく見せて」
恍惚に細められた金色の瞳が近づく。それは鼻先が触れるほどで長い睫毛が揺れる様すらつぶさにわかった。どきりとしたのを見透かされたくはないが嫌でも体は反応して含んでいた箇所を締め付ける。びくり、と腰が跳ね肌が泡立つ。繋がっているのだから相手が気づいていないはずがない。口元を歪めて発せられるドランクの囁きに思わず手を伸ばす。
 唇を覆った小さな掌にも構わずドランクは、音を出し続けているようでくぐもった言葉が腹の上に落ちていく。
「っ、お前、うるさい。こんなときまでべらべらしゃべるな」
片目が不思議そうに細められる。次いで生温い感触が掌に生じて、慌てて引っ込めようとしたが寸で掴まれ、指の合間に舌が伝った。
「これ、気持ちいい? また中、締まってるよぉ〜スツルム殿の手、小さくて可愛いよねぇ〜」
指に歯を立てられ、ぞっとした。爪先を丸めて背筋を這い上がる快楽を押しつぶす。
「だ、から、そういうのをやめろって言ってるんだ。やるならさっさと黙ってしろ」
「えぇ〜しゃべるなってこと?」
手首に口付けるドランクは、不服そうに唇を尖らせた。
「そう言ってるだろ、しないならぬけ」
「ここまでしてお預けはひどいよぉ、スツルム殿〜」
それが張り詰めて、先ほどからずっと下腹部の内側を押し上げているのを嫌でも感じているのでさすがにそんな無体なことはしない。
 けれどとりあえず黙ってほしい。相棒に別の関係性に追加されてから幾度も思っていることだ。
可愛い、だとか、気持ちいい、だとか一々スツルムに向かって言葉を並べ立てられるのは恥ずかしくて堪らない。ドランクの普段の様子からスツルムの羞恥を煽って面白がっている節もある。腹が立つので背に思いっきり爪を立てて怒りを示したこともあるが余計、興奮するのだから彼女に勝ち目はないのだ。
「……っいいから黙れ」
「わかったってぇ、黙ってすればいいんでしょ〜もう、恥ずかしがり屋さんなんだからぁ〜」
睨めつければ、わかっているとばかりに閉ざされた唇が目蓋の上に落ちた。
 動きが再開されて、水音がやけに大きく響く。
「……っ、あ……」
緩慢な律動が徐々に激しさを増して、声が嫌でも漏れる。ドランクのかすれた吐息と寝台の軋みがいつも以上に聞こえる気がした。
そろりと伺った顔には表情はなく、その一つしかない瞳でスツルムをただ真っ直ぐに写し込む。
彼女の視線に気づいたのかゆっくりと口端が上がる。それはよく見る軽薄な笑みでも穏やかなものでもなくて、心臓が大きく跳ねた。鼓動が痛いくらいなのにその金色からは逸らし難く、惹きつけられる。
意図せずとも中を締め付けてしまって、嫌でもその形を意識する。上擦った声が抑えきれず、全身が昂ぶるような快楽に双眸が潤む。舌先が瞳をかすめ滴を掬った。
 ドランクが言葉を撒かない分、余計な音を耳が拾う。それは目前の男が唇を開くよりもはるかに羞恥が募る気がした。
 切羽詰まったような呼吸音。下腹部の内側は爆ぜるかの如く、熱い。腰を押し付けられ肌が触れ合うたびに快楽が蔓延する。
「…うあ、っや、ドランクっ……」
体躯に縋ればきつく抱きしめられた。鼻腔に充満する香りはいつも変わらないドランクのものだ。吐き出される熱と共にスツルムの視界も真っ白に染まった。

 

 

 

 

 千切れた脚が空を舞う。水の刃が未だ動く虫の巨体に止めを刺した。これで丁度、十。
「うわあ、脚に毛がびっしりついてるねぇ〜スツルム殿、気持ち悪くないのぉ?」
「もっと気味の悪い魔物はいるだろ」
「魔物でも虫だと思うとねぇ……あんまり触りたくないなあ」
恐る恐る指先で虫の脚を摘んでいるドランクの足元には同じものがまだいくつも転がっている。これを集めるのが今回の仕事だ。一本でも惜しいというのに腰が引けているドランクの動きは鈍く、苛々した。
「さっさと集めろ」
「えぇ〜スツルム殿、知らないの〜この毛の所に触りすぎるとかぶれて赤くなっちゃうんだよ〜」
一瞬、信じかけて、隣のにやけている男を刺す。
舌打ちしながら手早く脚を束ねたスツルムは袋に詰めて、軽々と背負った。
「あと半分くらいかなあ、こんな色んな虫の脚ばっかり集めてどうするんだろうね〜」
「あたしたちが考えることじゃない、さっさと次にいくぞ」
「そうだけどさあ〜えっとぉ、残りは……」
依頼者から貰った品目と地図を照らし合わせているドランクの口元からは笑みが消えている。
その姿が先日の夜と重なってどきりとした。
「……うーん、これ、ダメじゃないかなあ……確かもう絶滅しちゃっていない魔物だし」
「あ、ああ、そうか」
 我に返る。仕事中にこんな些事に囚われるなど腹立たしく唇を緩く噛む。一度だけならまだしも近頃、どうも同じように思考を乱される。物鬱げな様だとか真剣な表情だとか、見てしまえば思い起こして、余計な感情に晒される。
「この依頼はここまでかな〜依頼主さんに報告しに戻ろっか〜」
「……そうだな」
いつもの如くわざわざ腰を屈めてスツルムを覗きこんでくるドランクには慣れているはずなのにその視線から逃れるように彼女は歩き出す。頰の熱さを知られたくはない。
 中途半端に終わらざる得なかったにも関わらず脚の束を持ち帰った二人に思いの外依頼主は喜んでいて、報酬もかなり上乗せされた。明日は休みにしようと浮かれて提案するドランクの言葉に賛成してもいいくらいに懐が潤ったのである。足りないものがあれば舞い込んできた明日の休暇に買いに行くつもりで荷物の点検を終えたスツルムは、そろそろ床につこうかと寝台に上がる。
そこへいつも長風呂のはずのドランクが珍しくスツルムが起きている間に上がってきた。
「よかったぁ〜スツルム殿、まだ起きてた〜」
腿が触れるほど近くに腰を下ろしたドランクの髪からは水が滴っていた。身なりをやけに気にして髪は特に大事にしているようだからその姿は稀に思える。服を濡らす飛沫にスツルムは眉を潜めた。
「お前、髪の毛濡れてる。ちゃんと拭け」
「だってぇ、急いで上がってきたんだもん。スツルム殿拭いてよ〜」
「自分でやれ! 大体いつも遅いだろ。なんで今日は早いんだ」
「えぇ、そりゃあスツルム殿とこういうことしたいからでしょ〜」
不意に唇に柔らかいものが触れた。一瞬だけ重なって離れていくだけのくちづけに唖然としたスツルムは遅れてドランクの言い分を解する。思わず体を退いてドランクから距離を取る。顔が熱い。
「な、お、お前……っ!」
「鈍感なスツルム殿にしては珍しく僕がしたいことわかってくれてるんじゃない〜?」
ドランクがすこし身を乗り出すだけでできた隙間は体格故に簡単に埋められてしまう。柔く指先を取られてくちづけが手の甲に落ちた。気障ったらしい行動を恥ずかしい奴だと思うが妙に様になっているのでスツルムはいつも以上に無口になる。
「……明日はお休みだし〜……だめ?」
厭なら掴まれた手をさっさと振り払う。それをドランクは知っているので彼女の無言を了承と取ったのか、重なった手に指を絡めながら、寝台に落とし込む。首筋へ唇があたる。すこしずつ下りていくくちづけが与えられるたびに肩が小さく跳ねた。
服を開かれ、肌を弄る手先が膨らみを掴む。
 ふと覚えた違和感はすぐに答えに至る。ドランクがやけに静かなのだ。いつもであればうるさいくらいに名前を呼んで、好きだとか可愛いだとか甘い言葉を垂れ流すのに、その唇からは熱い吐息だけしかこぼれない。まさかドランクはこの間、スツルムが口にしたことを律儀に守っているのだろうか。
 そろりと盗み見た表情に笑みはない。いつも過分なほどに微笑を湛えているものだからまるで別人のようでいやに落ち着かなくなった。
この間と同じだ。
 ドランクの唇が動かない分、ひどく響く寝台の軋みと自分の聞きたくもない甘い声。怖いくらいに真剣な眼差し。
あれは嫌だ。なんだかいつも以上に羞恥が募る。だが黙りこまれた方が余計、恥ずかしく、何か話して欲しいなんてドランクのお喋りを嫌がったスツルムが言えるはずがなかった。
 胸に触れていた手が下方に移動していくのをスツルムは思わず掴む。鎖骨にくちづけるドランクの頭を押し退けて、寄せた服で胸元を隠す。
「……やめろ、今日は……嫌だ」
「え、えぇ〜何か嫌だった?」
「……そんなんじゃない、いいから離せ」
わかりやすくドランクの耳が項垂れる。逡巡する手はしかしのろのろと離れていく。薄まらない羞恥心にスツルムは、ドランクを視界から追い出し熱い頬を隠したくて寝返り掛布に潜る。寝台から叩き出すほど無情ではないので背後から回る腕には気づかないふりをした。

 

 

 

 

 少し前に受けた虫の収集依頼の相手がたいそう二人を気に入ったとのことで報酬の追加を受け取りにきたはずであった。随分身なりは良かったので上流階級を想像させたがまさかその報酬が立食形式のパーティへの誘いだとは思わず、しかし次の仕事に繋がる可能性に依頼主の好意を辞退するわけにもいかない。格好まで整えてくれるというのだから尚更であった。
 格式張った席をスツルムは嫌がって、ドランク一人に行かせたがったがお得意のよくまわる唇で実直な相棒を言いくるめるのはそう難しい事ではない。パートナーがいないと問題だとか、誘われて辞退するなど雇い主に大変失礼だとか並べ立てたが真実と虚実を混ぜ込んでいるだけで実際何とでもなるわけで単純にドランクが着飾ったドレスの格好の彼女が見たかっただけである。
 そのスツルムはドランクの望み通り赤いドレス姿でいつも以上に唇を閉ざし傍らにいる。恐らくこういった場所は苦手で着慣れない格好にも落ち着かないのだろう。ドランクもあまり居心地がいいとは言えないが彼女ほどではない。正装したのも長い髪を束ねたのも随分、久しぶりだった。
 ドランクの格好に合わせてくれたのかもしれない。所々似通った衣装だった。スツルムのドレスは薄いレース素材が腕を覆い、膝下まである裾がふわりと広がっている。彼女の平服よりも控えめに開いた胸元には耳飾りと同じ色の装飾が輝いていた。薄くとも化粧が施され紅が唇を彩っている様は滅多に見られないのでドランクは必死で目に焼き付けなければならなかった。持ち帰っていいと言われたが果たして今後彼女が煌びやかな装いをしてくれるだろうか。
 高く細い踵に上手く歩けないようでエスコートのために差し出したドランクの腕にずっと彼女はしがみついていた。腕に押し付けられる柔らかな感触と形を変えているそれは近頃触りたいのに触れない今のドランクには嬉しいような苦しいような複雑な気持ちを抱かせる。
 覚束ない足取りで隣を歩くスツルムから目線を逸らしながらいつかの夜のことを想起する。
 長風呂を短縮して、スツルムに擦り寄るまではいつも上手くいくのだけどそこから失敗する。
 嫌だ。その一言でドランクは一切手出し出来なくなる。大切な恋人に無理強いするわけにはいかない。
しかしあれで誘いを断られたのは何度目だろうか。
 仕事を請け負っている間は、余計なことを厭う厳格な彼女が応じてくれることがないのは重々承知しているので休暇の合間だけがスツルムに触れられる貴重な機会だ。毎回休みの度に頷いてくれるわけではないがこれほどことごとく拒まれているとすこし傷つく。
別段、怒っている様子もなければ、体調が悪いようでもなく、単純にドランクとの行為に嫌気が差しただなんて考え始めて自然と耳が萎びた。
「……ドランク」
「な、なあに、スツルム殿〜」
「……あれ」
彼女の視線の先には切り分けられた肉が並んでいる。それを一つ取って、彼女に渡す。空腹なのだろう、その視線はすでに皿の上の肉料理へ釘付けだ。
 久しく使っていない作法を思い起こしながら、傭兵という職業が物珍しいのか近づいてくる人々によく回る唇で誠心誠意宣伝したので依頼の一つや二つ後々くるかもしれない。
主催者である依頼人にも挨拶はしたのであとは食事だけして適当な所で退出してもいいだろう。館に部屋まで用意してくれたらしく、宿の心配も不要であった。
 緊張がすこし緩んだのか瞬く間に空になっていく皿を見て、スツルムにその場で待つように言うと他にも彼女の好物を探す。肩が凝ることばかりしたので頬を張り詰めるように食べ物を含む彼女が見たかった。皿いっぱいにのせながら元の卓上近くまで戻る。
彼女の名前を呼びながら駆け寄ろうとしてしかし、合間に一人、煌びやかな女性が現れ、ドランクは脚を止めざる得なくなる。
「貴方傭兵さんだってきいたのだけど、すこし話相手になってくれないかしら?」
上品に微笑みながらもその瞳には、自分に強い自信を持った鋭さが潜んでいる。貼り付け慣れた微笑を顔に喜んでと口にしながらも臆面通り受け取るつもりはなかった。単純に会話したいだけならこれほど近くに寄って、触れる必要性もない。
 顔が整っている自覚はある。
甘えるように話す癖が年上に好かれやすいのも知っていてそう振る舞った方が生きやすかったのだ。
案の定、この後部屋にだなんて誘われた。それを遠回しに断るのは、きっと骨が折れる。
 高級そうな装飾品の数々と身につけているドレスの質も一級品だ。左薬に指輪。上流階級の奥様の暇つぶしなのだろう。
 以前ならこういった女性と遊ぶのは楽しかったけれど今はもう必要としていないものだ。
 適当に話を合わせてやんわりと断ったつもりだったが、よほど気に入られたらしい。
ヒールを高鳴らせ密やかに渡された鍵を返す間も無く、その背を見送る羽目になった。依頼主に渡せば合間に入って解決してくれるだろうか。余計な揉め事を引き起こしたくはない。彼女に誤解されるのも厭だった。
 スツルムの傍に戻ったドランクはようやく上手く息ができる気がした。
「スツルム殿〜、ほらいっぱいとってきたよ、これとか美味しそうだね〜」
「……もういい、充分だ」
「え、スツルム殿、もういいの? それだけで足りる?」
「いい、部屋に戻る」
ドランクの持ってきた皿をスツルムは一瞥もせず差し出した腕も通り過ぎる。一人で歩けるのだろうか。
ドランクが危惧した通り廊下を出て一人で歩き出す姿はふらついている。慌てて隣に並んだ瞬間、体が傾く。転倒する前に抱きとめられてほっとした。
「大丈夫? 危ないよ、スツルム殿、慣れてないんだからぁ〜」
そのまま抱き上げるとスツルムの眉間にしわが寄った。
「おい、離せ、一人で歩ける」
「だめだよぉ、足痛めたかもしれないんだし……次のお仕事出来なくなったらいやでしょ?」
ぐっと言葉を呑み込む姿を確認してドランクはそのまま部屋に向かう。侍女が二人、部屋では待機していたが、きっとスツルムは落ち着かないだろう。与えられた仕事を断るのは悪い気もしたが自分たちでと退出してもらう。気の良さそうな主人であったから叱咤を受けることもないだろう。
 豪奢で広い部屋は宝石のような照明が眩く絨毯は踏みしめることを躊躇わせた。
寝台の縁へと彼女を下ろして足を診る。幸い足首がすこし赤くなっているだけで骨が折れただとか痛めだとかそういった異常はなさそうで安堵する。軽く治癒をかけてドランクも隣に座り、ふと気づく。
 スツルムの怪我で頭がいっぱいでそれ以外に意識が向かなかったが寝台はこの一つだけだった。部屋を用意してくれた依頼主には夫婦だとでも思われていたのかもしれない。それは飛び上がるほど嬉しいが彼女の温もりを傍で感じて同衾だけで済むだろうか。
 ちらりと隣を伺った。スツルムは不自由な靴を横に転がし足の調子を確かめては、眉根を寄せている。
相変わらずドランクの彼女は可愛い。見ているだけでもう心臓が痛い。無理だ。理性的でいられるわけがない。
 これだけ広い屋敷である。廊下の何処か長椅子の一つや二つ置いてあるだろう。
「えっとぉ、僕ちょっと出てくるから、スツルム殿は先に寝てていいよ? 遅くなるかもしれないし……」
立ち上がろうとして不意に腕を掴まれた。込められた力は強く、足を止める。もちろん掴む相手は一人しかいないのだけどドランクは驚く。好奇心で色んな場所をふらつくのは頻繁なので彼女に引き止めらるとは思わなかったのだ。
「…………行くな」
「え、えぇ〜どしたの、スツルム殿〜こーんなお屋敷ちょっと珍しいし散歩してくるだけ……」
 そのまま引っ張られた先は滅多に体感できない柔らかな敷布で彼女が上半身へ馬乗りになってきても体は深く沈むだけだ。目を剥いていれば、温い感触が唇に押し付けられた。もっと深いそれを知らぬはずがないのにただひたすらに合わせるだけの稚拙なくちづけはしかし、スツルムからされているという事実一つでドランクを簡単に惑わせる。顔は沸騰するかのように熱く、下腹部に血が集まりズボンを押し上げ痛みを訴えはじめるものだからたまらない。
 触れるだけのくちづけを続けるスツルムはきつく目を閉じて、真っ赤な顔をしているがもしかして酔っているのだろうか。確か会場には酒の類もあったはずだと誘惑に屈し早速、彼女に触れようとする腕を必死に制止させながらそう考える。恥ずかしがり屋なスツルムが素面でしてくるような行動とはとても思えず、ドランクは自身から触れていいものかと逡巡した。ただでさえ、拒まれ続けている中、いくらスツルムからくちづけてきたとしても酒に酔っている相手に手出しするわけにもいかない。
擡げる欲と理性の狭間に手が空を彷徨っていれば惜しくも唇は離れ、形容し難い表情の彼女が眼前に広がった。
「……す、スツルム殿、お酒飲んじゃった?」
なんとか半身を起こし、しかしスツルムが必死にドランクの服の釦をはずそうとしている様に硬直した。いつまでも服が開かれないのはその指が震えていて上手く動かないせいだろう。焦れたスツルムが力に頼り少々乱暴に首元をはだけさせ、そこに口づけが落ちた時、ようやくわかった。
 唇を噛み締めるのは彼女がひどい羞恥心に晒されているからで、そんなのスツルムの意思による行動でしかない。酔っ払ってなんかいないのだ。ドランクは冷静ではなかった。スツルムが酔う量は相当だとすぐに思い至らないほどに。
どうして、なんて愚問であった。
「あのね、スツルム殿。最近スツルム殿が相手にしてくれないからって僕、他の女の人のとこなんか行かないよ」
「な、な、何言って……!」
「勘違いして必死になるこんなに可愛い彼女を悲しませたりしないのわかってくれないかなあ?」
頭を撫でる。黙り込んで服を握りしめているスツルムは相変わらず唇を噛み締めているので、苦笑して指で解す。付いた紅に自身の唇に触れればさらに色が深くなる。スツルムが押しつけてきた時にドランクの唇にもついたのだろう。お揃いだと微笑むと睨まれる。
「スツルム殿からのキス、とぉっても下手だったけど、僕嬉しかったなあ」
「う、うるさい……下手で悪かったな!」
「ねえねえ、もう一回してよぉ〜僕、もっとスツルム殿からキスして欲しいなぁ〜」
「するわけないだろ!」
「じゃあいいや、僕からしちゃお〜っと」
頭を引き寄せ、唇を押しつけた。すこし離して出来た隙間でドランクは笑う。
「……舌出して。ん、じょうずだよ、スツルム殿」
熱っぽく浅い吐息が交わる。小さな舌先が絡んでは、するりと抜けていく。手本のように深くドランクから口づければ、上手く呼吸が出来ないのか胸元を叩かれたので、惜しみながら唾液で濡れる唇を離した。
 呼吸を整える彼女の背中を撫でる。服を留めているリボンに指が触れた。
「……続き、していい?」
 嫌だ。と言われたらもう殴って気絶させてもらうしかなかった。豊満な胸だけではなく柔らかな体全身がずっとドランクに乗り掛かっている。全く手出し出来なかった身には拷問に等しく、彼女の腿にはすでに張り詰めて生地を押し上げたそれが当たっていて、動かれると擦れてたまらなく辛い。まともな判断が死滅しかけていて、無理矢理にでも襲いかねなかった。
 スツルムは迷うように視線を泳がせてから、身を引くので諦念が頭を過り、しかし、下腹部に伸ばされた手に大きく瞳を広げた。
「す、スツルム殿ぉ!?」
釦を解き、暴かれたそこから飛び出す
そこに彼女は顔を近づけるものだから、吐息が触れて、擡げたそれが震えた。
「スツルム殿、お口でしてくれるの……?」
「……っ、いやなら……」
「い、いやなわけないでしょ〜! すっごく嬉しいから……ね、続けて続けて……!」
スツルムの指が唇が触れる。赤い小さな舌先が這うたびに背筋を悪寒じみた快楽が過ぎていく。やり方なんて知らない彼女の動きは拙く、恐らく適当に舐めているのだけど、頰を朱に染め上げて一所懸命に舌を押し付けるそのさまが艶やかであまり持ちそうにない。気を紛らわすように言葉を紡ぐ。
「……ねえねえ、何処でこんなこと覚えたの」
「……酒場で男たちが話してるのを聞いたことがある」
安堵したのは余計なことを邪推したからだろう。狭い心だ。
「ぁ……離して、も、もういいよ、スツルム殿ぉ……」
制止しているのに彼女は構わず生温い咥内に含んでいく。
先端だけでも真っ赤な頰が膨らんで、苦し気に瞳が歪む。きっとそこからどうすればいいのか彼女は分からなくて、ドランクを見上げてくるものだから、ぞっと甘い痺れが走る。脈打つ感覚に引き剥がす間も無く、吐き出してしまった。
「…は、ぁ、ごめん、スツルム殿……」
放心している間に彼女の喉が鳴る。
「……まずい」
「だから離してって言ったのにぃ〜」
面をくしゃりと萎ませる彼女の口元を拭う。髪を撫でながら目蓋に唇をあてると塩辛かった。
「……汚すわけにはいかないだろ、せっかく似合ってるんだから」
頰がいやに熱くなる。彼女は機能性重視で自身も他者の格好に頓着することがないので、そんな風に思われていたことに鼓動が痛いほど早なりを打つ。
 体は正直で吐き出したばかりのはずがすでに勃ちあがりはじめていた。興味深げに追う視線に余計、熱が灯る。
「……あんまり見ないで、恥ずかしいから」
「……お前でも恥ずかしいことあったんだな」
「……もお、無自覚なのがずるいよ、スツルム殿」
背中にまわした手で首元のりぼんを解く。背筋をなぞるように指を滑らせると腰へとドレスは落ちていく。
「っ…おい……」
露わになる肌と下着を隠すように胸元へ腕を合わせるスツルムを敷布に沈めて、やんわりと両腕を開かせる。
「……スツルム殿もとぉっても似合っててかわいいし、また僕の前で着て欲しいから……」
 髪を束ねていた紐を外す。
赤いドレスと共に下穿きを剥ぎ取りながら、自身のネクタイを緩めた。服を脱ぐのももどかしく、釦を外す手と逆の手で彼女への愛撫をはじめる。けれどそこから溢れ出る体液はすでに腿まで濡らしていて、すんなりとドランクの指を飲み込んだ。唇で胸の先端を下着越しに撫でれば中が反応する。涙を溜めながら恥ずかし気に睨みつけられるとぞわぞわしてもっと意地悪したくなった。
「スツルム殿ぉ、すっごく濡れてるけど僕の舐めて興奮したの?」
「……っな、そんなわけ……やあっ!」
複数の指先が内側を撫でたのがわかったのだろう。爪先を丸める彼女は唇をわななかせていた。
「もうこんなにいっぱい僕の指、入るのに?」
膝裏を押さえながら見せつけるように指の付け根まで含ませる。その分、溢れて伝う液体は彼女の臀部まで伝い割れ目まで濡らしていた。
「や、ばかっ、みせるな…あっ…あ…!」
柔らかな壁を擦るたびに甘い声色が空間に溶けていく。かわいい、と囁いて、一層、激しくせめたてれば、中が痙攣して、指を締めつけた。びくびくと四肢を震わせ、泣き声まじりの喘ぎをこぼしてスツルムは達する。指を引きぬけば、誘うように入り口が震える。
「たくさん可愛い声出てたけど気持ち良かったぁ、スツルム殿〜?」
「……っ、」
全体に残る快楽に声も出ないのかもしれない。何か言いたげな唇を軽く塞いで、惚けたそこからこぼれた唾液を拾うよう口端を舐める。真っ赤な目元には涙の痕が残り、ひどく扇情的だった。もう一度、かわいいと言いかけて、ふと口を噤んだ。
「あ、そういえば黙ってた方がいいんだっけ、ごめんねぇ〜すっかり忘れてたぁ」
気の進まない約束事であるが一度頷いてしまったのだ。そういった部分に彼女は厳格なので守らないわけにもいかない。しかし、スツルムは気まずそうに視線を逸らして、敷布に爪立てた。
「っもう、いい お前が話してないと気持ち悪い……」
「気持ち悪いはひどいよ、スツルム殿ぉ〜
ん、でも伝えられないのはやだしスツルム殿がいいならいっぱいお喋りしよっかなあ」
「……ほどほどにしろ」
先ほどのことを思い出したのかもしれない。苦々しく唇を噛みながら、すでに悔やむように言うので。
「好きだよ、スツルム殿」
なんてとびきり優しく微笑んでそう告げた。赤い両眼が大きく見開かれる。
同じ言葉が返ってくることはあまりないが、その表情だけで抱かれる恋情を確信出来るので十分なのだ。
 すっかり硬く元の様相を取り戻したそれをあてがいながら腰を揺らすと期待するように入り口がひくつく。彼女から滅多にない甘い懇願が聞けるので挿れずにこのまま焦らすのも好きなのだけど、そろそろドランクが限界だった。先端を含ませてから一気に貫く。最奥にあたる感触のまま擦れば、ドランクの腰に両脚が絡みつく。
「…や、そこ、あぁあ…あ、あっ…!」
「ここ、気持ちいいんだよね、ぐりぐりされるの好きでしょ」
快楽に涙を溢れさせながらも首を振る強情な恋人から素直な言葉を引き出せるのはもう少し後だろう。
 揺れる胸に掌を食い込ませて、先端を弾いた。彼女の唇がやめろ、と模った気がするが、硬くなるそこを弄って引っ張ると途端に甘やかな喘ぎに変わった。
ここで気持ち良くなれることを教え込んだのはドランクで期待通りの反応に口元が緩んで仕方がない。
「スツルム殿ったらここちょおっと弄るだけでなかきゅうきゅう締めちゃって可愛いなあ、もお〜」
「う、あ……おまえ、いいかげんに…あっ!?」
彼女の弱い部分を強く穿つと大きく腰が跳ねる。
 久しく抱いていない大好きな女の子の中は、異常に快楽を生み一度出しているのにあっという間に果てそうだった。彼女もいつも以上に反応が良くて無防備に開かれた唇からは際限なく甘い声が飛び出す。
「一緒にいこっか、スツルム殿」
律動を早めると背筋が逸れる体を抱き寄せ、唇を重ねる。体勢が苦しいが口づければきつくスツルムが締めつけてくるのを知っていてそれ以上の快楽にただ腕の中にある体躯を揺さぶり、唇を貪ることに溺れた。
 くちづけを終えた瞬間、ドランクに細い両腕が縋り付いてくる。
「…あ、…っドランク、ドランク……」
絞り取るように収縮する中に誘われるまま吐き出す。いつまでも終わらない射精感にすこし揺さぶるとその動きに合わせて彼女がか細く啼いた。眉を下げ惚けた顔でドランクを見つめる彼女に未だ中にあるそれが重くなる。上に逃げだそうとする腰を掴んで再び突き上げた。
ごめんね、と落とした音はスツルムの嬌声に呑み込まれて消える。
「ぁあ、やあ、ばか、うごくなぁ……!」
「うん、ごめん、ごめんね、スツルム殿……!」
動きを止める気なんて微塵もないのに無意味な謝罪を並べ立てる唇は、次に彼女の名前を何度も吐き出す。投げ出された掌を重ねれば、小さな指が絡んで、弱々しく力が込められた。

 

 

 

 

 扉の叩く音でドランクは目覚めた。慌てて荷物から軽装を引っ張り出して身につける。迎え出ると昨日、部屋にいた二人が朝食をワゴンに乗せ立ったいた。すでに用意されているものを断りにくく給仕だけ遠慮して、部屋に運んでもらう。あまりの厚遇に穿ってしまうが、そもそも元の仕事がよろず屋経由の依頼である。彼女から斡旋される仕事は、シェロカルテ自身かなり厳しく目を光らせているらしくほんの稀にしか外れを引くことはない。
 会うたびに依頼主を観察していたが不審な点もなかった。あまり考えすぎるのも無意味であるのでドランクはスツルムを起こして座らせる。
眠たげな彼女は、大きな欠伸を一つこぼして、のろのろと食器を握った。湯気が立ち食欲を誘う朝食を前にしても気怠げな様に罪悪感が胸を刺す。
 加減したつもりだったが一度や二度で終わらなかったのも確かで風呂の途中で彼女は眠ってしまったのを思い出す。我慢した。我慢したのだが、久しぶりの彼女はいっそう艶やかで可愛くて、甘く名前を呼ばれるのまで思い出して、止まってしまった手に想像を捨て置いた。
そのスツルムは些細な動きも億劫なのか先ほどから一向に食事が進んでいない。
「スツルム殿、あ〜ん」
スプーンを差し出すと小さな唇が開かれて口の中に消えていく。雛鳥のように啄む様子が可愛らしくついつい何度も繰り返していたが、次第に意識がはっきりしてきたらしい。底冷えするような声色で制止を告げられた。剣先が光る。引き時だった。非常に残念である。
 各々食事を終え、身支度を整える。部屋を退出しようとして、ふと立ち止まったスツルムを振り返る。
「……ドランク」
「なあにスツルム殿〜!」
名前を呼ばれて喜んだ耳がぴんと立つ。いつものように彼女の顔と合わせたくて屈んで瞳に写し込む。
 不意に胸ぐらを掴まれた。赤い瞳が眼前に広がり重なった唇は熱い。おずおずと上唇を押し上げ割り込んだ舌が、緩く絡んだ。されるまま大人しく口づけを受けたのはそう長い時間ではなかっただろう。しかし浅い息を繰り返す彼女は真っ赤で苦しそうだった。何か言いたげに開閉を始める唇はけれど、柔く噛み締められる。ただ何となくわかったのでドランクは、その頭を撫でる。
「うん、上手だよぉ〜」
笑みをたたえ、堂々と嘘を吐いた。下手なままでいいので。
「……昨日の気にしてたの〜もお、かわいいんだか、いって!」
「……っうるさい!……いくぞ」
早足で廊下を歩き出すスツルムの薄い耳が真っ赤なのが遠目でもよくわかったのでドランクは、いつも遅い歩みよりずっと早く脚を動かして、彼女の隣に並んだ。


2020年7月22日