不穏な食卓
スツルム殿を庇って媚薬飲むドランクの話 R-18
卓上に所狭しと並べられた料理がスツルムの目の前には広がっていた。焼き目のついた肉が山になり、食欲をそそる匂いが充満する。水々しく鮮やかな色合いの葉物や根菜、切り揃えられた果物に出来立てのスープは並々と器にあり、卓上を彩っていた。
ドランクが酒瓶からグラスに麦酒を注いでスツルムに渡す。黄金色の液体が今にも溢れそうで、泡が縁を濡らした。
「……本当に全部お前の奢りなんだな?」
「もちろん! スツルム殿、すっごく頑張ってたからねぇ〜お疲れ様〜ってことで僕の奢りだよ〜」
一週間ほど馴染みの騎空団の依頼により終日、魔物を狩り続けていたのでまとな食事は久しぶりであった。自然と腹が音を立て、喉が唾液を呑み込んだ。
乾杯、とぶつけられグラスが鳴る。煽ってすぐに底が見えた。傍にグラスを置いて、目をつけていた料理にフォークを伸ばしたがすでにドランクが食べ始めている。
「スツルム殿、これ美味しいよ〜」
ドランクが持つ食事なので文句を垂れるつもりはないが大皿料理ならまだしもわざわざスツルムの分に手をつける意味がわからない。不快というよりも純粋な疑問である。食事の所作に単純な行儀の良さ以上に美しさが滲み出ているせいか余計に違和感を覚えるのかもしれない。
「……あ、これもすっごく美味しい〜ね、全部食べていい?」
「お前、あたしのをわざわざ食べなくても新しいの頼めばいいだろ」
「スツルム殿が食べたいなら頼むってぇ〜」
強請るくらいなら最初から多めに頼めばいいのにドランクの分は相変わらず少ない。今日も前に置かれているのは飲みものと軽食ぐらいでありスツルムの皿から適当に摘んでいた。ドランクが何を考えているよくわからないのはいつものことで、この光景にも慣れたスツルムはそれ以上構うことなくただ淡々と食事を進めた。
「綺麗で大きな鳥さんだったね〜スツルム殿、怪我ばっかりしてたから心配だったよぉ〜僕じゃ治せないし」
「……お前はよくあれだけ他人を苛々させられるな、きいててこっちまで舌打ちしたくなった」
「え!? もしかしてスツルム殿、褒めてくれてるの!? 嬉しいなあ〜」
「褒めてない! お前、何を聞いてるんだ!」
食事中でなければ刺していただろう。
あらかた皿の上のものが片付き、酒瓶が積み上がった頃、不意にドランクが立ち上がる。硬貨の入った革袋をスツルムに押しつけ、変わらぬ笑みはしかし、何処か作り物めいて見えた。
「あ、スツルム殿、僕、ちょおっと今から別行動するからまたあとでね〜」
ひらひらと手を振って、食事途中に店を出て行く姿は、普段、物を残して立つことがない故に珍しい。
独り料理をさらえた彼女は会計を終え、店から石畳の路へ足を踏み出す。
この島の街々は活気付いているように見えるが中心から少し逸れれば、浮浪者と悪漢が蔓延り、無法地帯と化している。道を歩いているだけで余所者に敏感なのかいくつかの視線が突き刺さるのはすこし落ち着かない。島全体の治安があまり良くないのだろう。住民は変化に恐怖し、平常だけが続くのを願って息を潜めて暮らしているのかもしれない。
ドランクと合流する以前にも買い物途中である兄弟が男に引き摺られていくのを横目に思わず手出ししてしまった。あの二人は無事に帰れただろうかとふと考え、余計な感傷を振り払う。そこまで心を割く意味はない。スツルムにはその一瞬を救うことしかできず、後のことまでは責任を負えない。それならば最初から見ないふりをすべきだろうけど考えるより体が動いてしまう。これは良くないと理解している。理解しているが。
苛立ちに舌打ちする。思考すべきことではなかった。気晴らしにと酒場を覗いたが依頼も報酬と中身が見合っておらず、受けるのは躊躇われた。
あまりこの島には長居しない方がいいだろう。
平地で軽く剣を振るってから武器の手入れを店に頼み、昨日から泊まっている宿に戻ったスツルムは部屋にある気配に首を傾げた。ドランクだろうか。並ぶ店を当てもなくふらついて時間を浪費する男が先に帰っているのを不思議に思いながら扉を開け、茜色の室内で盛り上がっている寝台に思わず駆け寄る。
血の匂いがした。
「っ、おい!」
「……ぁ、スツルム殿?」
耳だけが揺れた。背中からでは表情は伺えず、肝が冷えていく。
「……お前、怪我、してるのか?」
「えぇ!? スツルム殿ったら、もしかして心配してくれてるのぉ〜その声なんだかあすっごく愛を感じるんだけどお〜」
「お前、こんなときまでやめろ」
「大丈夫大丈夫〜ちょおっと体調崩して寝てただけだよ」
いつもの口調はしかし、何処か硬い。取り繕う余裕のない証拠でスツルムでも嘘だとわかる。傍らに赤が深く染みついた上着と防具が無造作に投げ出されているのをみて、すこし安堵する。匂いの元はここで服に破損は見当たらず恐らく返り血なのだろう。その量から察せられる行為に眉を寄せながらも、この相棒が無意味なことはしないのはわかっている。
寝台に腰掛け、顔を覗きこもうとして、だが手に遮られた。
「……スツルム殿、あんまり近づかないで……出来れば部屋からも出て何処か別のとこにいた方がいいよ」
潜り込んでいくドランクに苛立って掛布を剥ぐ。浅い息とやけに赤い頬を見て、拳を握り込んだ。情欲を灯らせた金色が気まずそうに逸らされる。
「……どういうことか説明しろ」
「……毒には慣れてるはずだったんだけどこういうのはあんまり耐性がなかったから思ったより効いちゃって……ねえ、だからスツルム殿離れて……」
唇を食む。今まで気付けず安穏としていた自身も何も言わないこの男も腹立たしくて仕方がない。
ドランクの髪を掻き分け金色の両眼を合わせた。こうすると珍しく照れる様をいつもなら拝めるが今はきっとそんな余裕もないのだろう。ドランクの奥歯が鳴る。
「……ドランク、これ何度目だ」
「……そんなに多くないと思うけど。スツルム殿に逆恨みして毒なんか盛ってくるの滅多にいないから。ダメだよ、ちゃんととどめ刺さなきゃ」
「……こどもの前でできないだろ」
「……もお、スツルム殿ったら優しいんだから」
ぎこちなく笑う顔に唇を寄せた。ドランクがいつもしてくるような口づけを真似るがきっと上手くはない。柔く唇を噛んで離せば、耐えるように細められた瞳と重なった。
ここまでしているに本当に馬鹿だと思う。わかっているくせに躊躇っているのだ。
「おい、さっさとしろ」
「スツルム殿本気? いつもみたいに優しくできないし……」
「いい、元を辿ればあたしの甘さが原因だ。責任はとる」
「僕だって黙ってたんだしスツルム殿のせいだけじゃないよ」
「……そうだな、お前も黙ってたんだ、一回くらいは我慢しろ。お前に最初からやらせたらもたない」
寝台に乗り上げてドランクに跨がった。腿にあたる感触は布越しでも硬く熱くてにどきりとする。
「す、スツルム殿、上に乗ってくれるのぉ〜そんなのご褒美じゃ………!」
「う、うるさい、黙ってろ! あとで刺すから覚えておけ!」
真っ赤になる顔を近づけて、まだ何が言いたげな唇を塞ぎながら、スツルムは覚束ない手つきながら服を緩めていった。
「……っ、お前、なんでいつも言わなかった」
先端だけ残して腰を上げる。ゆるゆると再び沈み込ませれば、胎内を強く圧迫した。今まで一度も行った事のない動作に、羞恥と快楽で落涙する。
「だってぇ、スツルム殿、言っちゃうとご飯食べるの途中でやめちゃうでしょ〜」
「ぁ、……当然だ、それの、何が悪い」
「僕、スツルム殿がご飯を美味しそうに食べているのを眺めるのが好きだから邪魔するのやなの〜」
「だからって勝手に毒味してぶっ倒れるのは馬鹿だ」
深く落としすぎて奥にあたった。声が飛び出しそうになって思わずドランクの肩に爪を立ててしまった。傷がついて痛みすらあるだろうにやけに嬉しそうである。変な奴だ。
「うん、そうだよねえ〜ごめんねえ、スツルム殿〜、次からはちゃあんと言うから」
そう宣告しながらもドランクが果たして言い分を守るのか疑問であった。優先すべきことがどうもスツルムとは明らかに齟齬が生じている。
「は、スツルム殿ぉ、そろそろほんっときついんだけど、それ、生殺しだよぉ〜」
額から伝うのはひどい汗だった。スツルムだって別段、苦しませるつもりまではない。ただ自分から、なんてどうすればいいのか慣れない行為に惑っているのである。
不意に腿をドランクの掌が触れる。食い込む指先は強く掴まれた肉が歪んだ。
「……ごめん、スツルム殿、も、むり……」
「っ!? ああぁ!」
いきなり突き上げられて、視界が揺らぐ。仰け反った背筋を走り抜ける快感に全身が震えた。
そのまま何度も激しく打ち付けられ、濁流のように溢れる快楽にスツルムはすぐに達してしまう。弛緩する四肢にしかし、繋がったまま半身を起こしたドランクがスツルムを抱きしめたまま奥を抉った。同時に吐き出される熱が中を浸す。けれどそれは、肥大したまま、再び腹の内側を撫でて、水音を響かせた。唇が重なって、舌が絡んだ。上と下、両方から与えられる強すぎる享楽に目眩がした。
くちづける場所を変えながらドランクはスツルムを敷布に押し付けるようにして、挿出を繰り返す。荒い呼吸にぐちぐちと中を擦られる音が交わって耳を浸した。
「や、まっ、ドランクっ、あ、あっ…あ……!」
水膜で滲む先に劣情に染まった顔がある。苦しそうに食いしばる歯が余裕のなさを示していて、スツルムは縋るようにその背に腕を回した。
2020年7月10日