ある日の夜

ある日の夜

 

ドランクに起きていてと頼まれたスツルム殿は……


  スツルムは研ぎ終わった剣を鞘に収めているところであった。食糧と備品の点検も終え、すでに風呂へ入ったスツルムに残されたのは柔らかな寝台で眠ることである。しかし寝台へ移動しようと立ち上がった時、ドランクがスツルムの名を呼びながら手招きしているのが見えた。近づくと中腰になるドランクに何か話があるのかといつもの習慣で顔も寄せる。
「なんだ、ドランク」
返答の代わりに唇へ落ちた感触、に一瞬、判断を失った。遅れてじわりと熱が染みる耳朶に言葉が囁かれる。
「……スツルム殿、僕がお風呂から出てくるまで寝ないで待っててくれる〜?」
口付けた意味はあったのだろうか。微かに苛立ったので手にしていた鞘を突き出したがひらりとかわされてドランクは鼻歌まじりに風呂場に消える。
 そういえば今夜、随分と機嫌がいい。明日は依頼はなく久しぶりの休日だからだろうか。
律儀に待つ義理もないが、わざわざ口にしてまで待てというのだから何か重大な話でもあるのかもしれない。それほど遅い時間帯でもないことも理由にスツルムはそのまま寝台上に座り込む。
ドランクの長風呂を瞑想して時間を潰していれば、近くに腰を下ろした気配を感じ目蓋を上げた。
「スツルム殿、起きててくれたの〜!」
「……お前が起きてろって言ったんだろ」
「だってぇ、そういう気分じゃない時だってあるでしょ〜?」
「は?」
ドランクの言葉の意味を咀嚼する前に体が傾ぐ。非難は口内に飲み込まれ、侵入するその熱さに目眩がした。
散々、口の内側を弄った唇がよくやく離れたかと思えばそれは首筋を撫でて、鎖骨を食んだ。
膝裏に掌があてがわれ片腿が上がる。あられもない格好を晒している事にようやく思考が追いついた彼女は眼光鋭く睨め付ける。
「っドランク、何のつもりだ」
脚に口付けているドランクは心底、不思議そうな顔をしてスツルムを見下ろす。
「えぇ、だってスツルム殿、起きててくれたじゃない、今日はいいよ、って事でしょ〜」
「そ、そんなつもりで起きてたわけじゃない……!」
いつからそんな決め事になった。ドランクと初めてするわけでもないが、頭の片隅にすらその可能性を排除していたスツルムは、こみ上げる羞恥に腿に舌を這わせているドランクの頭を力任せに叩く。
「おい、やめろ……!」
「いったい! ここまでしてお預けなんてひどいよ、スツルム殿ぉ〜」
唇を尖らせるドランクは身を起こし、退いたかと思えば頭を胸元へのしかかってくる。重い。しがみつくように体へ回る両腕は拘束じみていてドランクは諦めていないようだ。
「お前が勝手に盛って始めただけだろ、離せ」
「え〜最近お仕事ばぁっかりでスツルム殿、全然相手にしてくれないし〜今日だって僕、頑張ったでしょ〜ご褒美ほしいなぁ〜」
だめ?なんてすこし眉を下げ真っ直ぐ瞳を合わせて強請られるのにスツルムはどうしようもなく弱い。気恥ずかしさに金色の目から視線を逃してこめかみに触れていたドランクの手を無意味に弄る。切り揃えられた爪が並ぶ長い指はスツルムより骨ばって太い。その一本を掴んでなぞっていれば、不意にその指がスツルムのものと交錯するように絡む。
「……えっとぉ、スツルム殿、続きしていいってこと? それ誘われてるみたいなんだけど〜」
先ほどよりもずっと熱を帯びた色で見つめられ、否定すら吐き出すのを躊躇われた。真っ赤になった頰を抱え、けれど強情な自身が素直に頷けるわけもないのでスツルムは規則正しく並んでいる目の前の釦をぶちぶちと外し始めた。


2020年7月10日