続、耳の話

続、耳の話

 

とある耳に関する見解のおまけ


 ドランクが風呂から上がってくる気配がした。聞き慣れた足音に釣られて視線が絡む。それだけなのに嬉しそうな顔と忙しい耳の動き。スツルム殿、と唇は軽やかに彼女の名前を模る。そのままこちらに向かってきて隣に座る男からさりげなく距離を空ける。先ほどとは違う動き方をする耳を一瞥して、面を下げる。まだ剣の手入れは終わっていない。中途半端は嫌いだ。けれどこのまま続けられる気がしなかった。片付けを始めるがその間も視線が突き刺さっている。ずっと。彼女が顔を向けてくれるのを恐らく期待しているのだ。それを気づかないふりをして立ち上がる。

道具を荷物に纏めて、寝台に戻りしかし、ねる、と言う前にドランクが先に唇を開く。

「……ねえ、スツルム殿」

「……駄目だ」

「まだ何も言ってないよぉ〜」

「……言わなくてもわかる」

「ほんとに? わかる?」

あまり視線を合わせたくなくて双眸を伏せていたせいでいきなり眼前へ現れた顔に驚いて身を引いた。いつのまにかドランクはスツルムの前に屈んでいて目線が同じだ。だけどいつもの彼女の話を聞く時のような穏やかな表情ではなかった。思わずそれた視線が頭上に向かう。

 やっぱり耳、は動いている。この間、寝台に押し付けられた前みたいに。以前は見当もつかなかったが今はドランクが何を望んでいるかもう知ってしまっている。そのせいで嫌でも意識してしまい、顔は熱く早鐘を打つ心臓が痛みを訴え始める。だからその動きを見かけるたびに避けていた。無理強いしてくる男じゃないことをわかっている。だがされたことを思い返すと羞恥でどうしても逃げたくなるのだ。情けなくって苛立つ。のに今も逃げたい。

 しかしこうも真っ向から真剣に見つめられてしまうともう寝る、だなんて言い訳も通用しないように思えた。

 ふいに指が唇に触れる。

動揺したのが腹立たしく歯噛みしたのをドランクは何処か楽しそうに細く瞳を緩めていて目を逸らせない。逸らしたら負けた気持ちになる。

「ここに、いっぱいキスして」

触れていただけの指先が唇をなぞる。

「この肌、ぜんぶなめて、さわって」

首筋。鎖骨。胸元。ゆっくりと指が下に降りていく。振り払えばいいはずなのに動けない。

「ここまで僕の、いれたいんだけど」

一枚の布越しに臍の下をつつかれる。ぞっとした。奥の奥まで埋め込まれた瞬間を思い出して頬へ一気に熱が集中する。

「お、おまえ、何言って……!」

「えぇ〜何ってわかってること、口にしただけじゃない。それだけなのにどうして慌ててるの、スツルム殿〜」

顔が近い。この間の行為が一度蘇ると次々に想像してしまう。唇が肌を撫でて、指で色んなところを暴かれて。それで。

「……ね、わかってるんでしょ? さっきスツルム殿わかるって言ってたよね。僕がしたいことがこういうことだって」

「……っ」

腹を示した指先に軽く力が入る。それから。と囁くドランクの声は耳を溶かすように甘くいつもと違う。

「ここのおく、たくさんついて、いっぱいだして」

ゆるゆると上下する指。

 路を往復するたびにぐちぐちと響く粘着質な水音。大きくて硬いそれで何度も穿たれて、流し込まれた熱を錯覚する。あれ、をされると何もわからなくなった。同じことをされたら体に教え込まれた快楽に捕まるだろう。

「それで、僕、スツルム殿の可愛い声、聞きたいな」

「……おまえ、いい加減だまれ……」

下腹部を撫で始める手のひらを掴む。熱い。ドランクの手も自身の手も。退けるたびに掴んだのに指が絡み始めて、両手で囚われる。

「……ね、わかってるなら、たまにはいいよ、って言ってよ、スツルム殿、誘おうとしたらいつも寝たふりしてるし」

「……してない」

「もぉ、嘘つかなくてもバレバレなんだから……心臓、いつもばくばくしてるよ、僕ってばとっても耳がいいから聞こえちゃうんだよね〜」

 気まずさに唇を閉ざす。ドランクの言う通りだった。耳の動きを見て危うい雰囲気になる前にスツルムはいつも掛布に潜り込む。だが寝られるわけがない。背中に熱の籠った視線が注がれているようで、ひどく落ち着かないのだ。

「……やっぱり、今日もだめ、なの?」

嫌ではない。が散々、拒絶しておいて今更、素直に頷けない。

だから劣情で澱む金色の瞳を前ににスツルムは黙り込んだ。声が出ないわけではなかった。察しの良いドランクは、挑むように睨み身動きもしないスツルムの真っ赤な頬に手のひらをあてがっても振り払われないことを知ると冷たい敷布にその小さな体を沈み込ませた。 

 


2021年4月5日